2009年11月13日

自分自身の中心軸を簡単に見つけ出す方法


ここでは、特に、画期的なことが
書かれているわけではなく、度々、
お伝えしていることの、ほんの少し、
観方を変えているだけです。

自分自身の中心軸についても、
何度か書かれてきたことですが、
それを簡単に「ヴィジョン」として、
見つけ出す方法についてです。

そのための一番いい方法は、
神社に行くことです。

それも、普段お世話になっている、
住まいの近くの氏神の神社か、
エネルギーが強いと観じる
格式の高い大きな神社、海外であれば、
それに相当するような聖地がいいでしょう。

拝殿の鏡の前に立ち、目を閉じて礼拝します。

このとき、必ずしも、鏡の真正面にいなくても、
少しずれた右側にいても、左側であっても大丈夫です。

あまり長いこと、ど真ん中に居座っていますと、
他の参拝者が背後で、あなたの礼拝が終わるのを
待っていて、並んでしまうことがあるかもしれません。

私たちは、背後にも気を配る必要があります。

目を閉じた暗闇の中心に光の点が観えたら、
それが真ん中です。

自分自身の魂の光の姿が、
そこに映し出されています。

もし仮に、それが見当たらなかったとしても、
それを強くイメージしてください。

光の色彩は、基本的には、薄い水色を意識してください。
もしくは、ブルー色系統です。

稲荷系ならばピンク色、
龍神系ならばピンク色、紫色、
というようなこともあります。

エネルギーの強い神社や聖地であれば、
中心に観える光の点から、ずっと、
上のほうに辿っていきますと、
大きな丸い光の玉が観えます。

観え方は、人さまざまであるかと想われますが、
多くの場合、大きな丸い光の玉の下半分が観えて、
そこから、下側に向かって、四方八方に、
光のシャワーが降り注いでいるのが観えるでしょう。

それは、太陽が燦々と光り輝いて、
陽射しが、あらゆる角度に放射しているが如くです。

目を閉じた暗闇の中で、
しばらくその状態を眺めていますと、
上方の大きな丸い光の玉から、
中心に観える光の点を結ぶラインとして、
そのまま真下のほうまで貫くように、
真っ直ぐ縦に、光の柱が観えます。

これが、拝殿の鏡に映し出された、
自分自身の中心軸であり、それをさらに、
目を閉じた暗闇の中に、映し出して観ています。

このときに観た「ヴィジョン」を忘れないように、
日常生活の中でも、いつも、思い浮かべてみることで、
自分自身の中心軸に留まり続けることが出来ます。

忘れてしまったら、また、何度でも神社へ行って、
同様の作業を行えばいいでしょう。



“あなたが何処へ行って 何をしていようとも
わたしは ここで あなたを待っている
何があろうとも どんなに心が壊れ 塞ぎ込んでいようとも
わたしは ここで あなたを待っている”

Richard Marx さんが唄う 『Right Here Waiting』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 00:33| メッセージ | 更新情報をチェックする

2009年11月12日

未来予知における危機回避対策


私は、ときに、命を狙われた場合は…
などと、物騒なことを書いたりしますが、
これは、メッセージを必要な方がいらっしゃるので、
書いていることですから、特に気にしないでください。

私は、最低限必要なことを
淡々と更新しているだけです。

一見、物騒に想われるかもしれませんが、
それらは、危機回避対策です。

人生には、万が一ということや、
予想外なこと、予定外のことが起き得るものです。

だからといって、悲観するのではなく、
「何が起きるか分からないから楽しい」
という楽観のほうに、発想を転換すれば、
水瓶座の時代の流れに沿った生き方となります。

未来予知における危機回避には、
“虫の知らせ”という直観や閃きがあることは、
もう充分に知られていると想われます。

いつでも、“虫の知らせ”を受け取れるように、
直観と閃きを無視しないように
過ごしていることは大切なことですが、
“虫の知らせ”は、主に、自分自身の守護天使や、
スピリチュアル・ガイドたちが、耳打ちしてくださるものです。

自分自身が未来の「ヴィジョン」を通して観る、
という能力がまだ発達していないうちは、
彼ら彼女らからの協力を得ることが可能です。

それは、スピリチュアル・ガイドたちから、
未来予知を受け取るということです。

ですから、目に見えなくても、普段から、
彼ら彼女らの守護を観じて、
いつもそばにいるのだと強く信じること、
そして、感謝をすることです。

私たちが、従う必要のあるものは、
自分自身の内なる声と、内なる声を通してやって来る、
光のネットワークに繋がったスピリチュアル・ガイドたちの声です。

これを怠らなければ、未来の「ヴィジョン」が
観えて来なかったとしても、内なる声や
感覚的なものとして、それを受け取るのです。

例えば、私は今から2ヶ月ぐらい前に、
こんなことがありました。

都内の皇居の周辺をぐるっと周るように
自転車で幾つかの神社礼拝をしていました。

あるとき、大きな通りの信号を渡ろうとしたとき、
左側からゆっくりと、1台の自動車が通過しようとしていました。

横断歩道を渡っている人は他にもいたので、
その自動車は、ほぼ、信号の手前で待機している状態でした。

私は、周囲をよく見回して、よく注意をして、
自転車で横断歩道を渡りきろうとしたときです。

待機状態にある自動車の、さらに奥の左側のほうから、
1台のワンボックスカーが、猛スピードで突進して来たのです。

それは、手前で待機している自動車で
死角となっていたこともあり、全くといっていいほど、
視界の中に捉えられない、予想外の状況でした。

人通りが結構あって、その瞬間の状況は、
あぶない!とか、きゃー!という大声が飛び交って、
私の自転車が、突進して来るワンボックスカーにひかれて、
衝突事故を起こす寸前の状況でした。

ところが、次の瞬間、私の左側の、
約1mぐらいまで迫ったところで、空間に、
大きな丸い透明な壁が出来ているのが
ハッキリと見えて、突進して来るワンボックスカーが、
ドスンと急に止まったのです。

私は、面倒なことになる前に、
そのまま突っ走っていきましたが、一瞬、
ネガティヴ・エネルギーの存在たちから
狙われたな…と想いました。

ここで、ひとつポイントになるのが、
左側から襲ってきたということです。

私たちの身体で云えば、中心から右側がポジティヴ(陽)で、
左側がネガティヴ(陰)です。

上半身がポジティヴ(陽)で、下半身がネガティヴ(陰)です。
胸側がポジティヴ(陽)で、背中側がネガティヴ(陰)です。

これらは、善いか悪いかという区別ではありません。

ですが、この場合、ネガティヴ・エネルギーが、
どの方向から、どの側面から入って来るか
という目安にはなるでしょう。

そのまた次の瞬間、私はやっぱり、
強力に守られているんだな…
と思い知らされたのです。

その場所というのが、皇居のそばの大手町にある、
平将門さんの首塚で礼拝して、その足で続けて、
神田神社(神田明神)へと向かう、
ちょうど中間地点あたりだったので、
平将門さんを中心にして守られたことが
ハッキリと分かったのです。

神田神社の礼拝を終えて鳥居を出たとき、目の前を、
ブオーっと音を立てながら走っていった自動車があって、
その車のナンバー・プレートが、“5963”でした。

“ごくろうさん”って…あなたねー…と想ってしまったのですが、
この出来事には、2つの観方があるということで、
ネガティヴ側から観れば、「命を狙われた」となり、
ポジティヴ側から観れば、「しっかりと守護しています」
となります。

しかし、この両極の二元性を超えて観たとき、
守護していることを現象として見せるために、
「闇側から狙わせておいて、光側で守護した」となります。

度々、お伝えしていますように、
多次元宇宙の領域では、過去-現在-未来の、
すべての時間空間軸が、いま・この瞬間に集約しています。

物質界という「この世界」に住んでいる、
私自身にとっては、予想外な出来事でしたが、
スピリチュアル・ガイドたちから観れば、
上記の出来事は、すでに起こることとして、
前もって分かっているわけです。

この例では、多次元宇宙領域と物質界との間を、
スピリチュアル・ガイドたちが仲介して、
未来予知を運んで伝えたことが分かります。

スピリチュアル・ガイドたちと、それは、
住まいの近くの氏神であっても、常に、
身近な魂関係を築いておくことで、
「未来予知における危機回避」は、
彼ら彼女らを通してもたらされます。

このような記事も、人によっては、
また物騒なことを書いて…と想われるかもしれませんが、
大したことではありませんし、霊性進化の道の
途上においては、頻繁によくあることです。

大変なのは、守護してくださっている
スピリチュアル・ガイドたちのほうです。

本当に、いつも、どうもありがとうございます★



“素晴らしい世界と 素晴らしい日に
あなた自身の人生を生きて チャンスをその手に掴んで
私たちはずっと友人でいるから”

“息を吸って 自分自身の道がきっと見つかる
ゆっくりであったとしても いつか必ずね”

Eternity ∞ 『Wonderful World』 のPVです。

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2009年11月11日

重要な願望や夢は、叶う前に公言しないほうがいい


ここで申し上げることは、妨害や
邪魔を阻止するための名目で、
遂行してゆく必要があるものについての、
沈黙である場合、という意味合いが
特に強調されています。

未来における願望や夢、叶えたいことは、
胸に秘めておいて、他人には伝えないことです。

それが、現象となって成就する前に、
他人に言葉でもって伝え、公表してしまうと、
その願望や夢は叶わなくなります。

それは、何故かと申しますと、
それらを他人に伝え公表したときに、
それを聞いた人の反応からは、
「賞賛」や「激励」を得ることが多くあります。

つまり、その時点で、
「賞賛」や「激励」を得たことによって、
願望や夢は“叶えられた”
物質界という「この世界」において、
現象として成就したということになってしまいます。

古今東西のアセンデッド・マスターたちが、
沈黙が大事だと云われているのは、
このことを指しています。

古代アトランティス文明の大司祭であります、
トートさんの書『エメラルド・タブレット』
の中で云うのであれば、次の部分です。


沈黙は偉大なる価値あるものなり。
ことば多きは何らの益もなし。



この部分についてのM・ドーリル博士の解説と、
訳者の注解は次のように述べられています。


沈黙は進歩への大なる鍵である。
沈黙でもって汝自身の内に力を保持せよ。


我々は喋ることによって力を放出している。
沈黙はこの逆である。

何かを計画していても、それに着手するまでは
他言してはいけないというのは、この沈黙の教えによる。



これは、有言実行という概念とは違います。

有言実行は、自分自身に対する
約束事のようなものであり、
決意表明という側面が強く伺えます。

有言実行は、他人からの「賞賛」や「激励」が、
得られやすいものでもあります。

非常に大切な願望や夢は、不言実行で、
黙々と、遂行してゆく必要があります。

ですから、自分自身にとって、
どうしても叶えたいというような究極の、
大事な願望や夢があるのであれば、
物質界という「この世界」において、
現象として成就するまでは、胸に秘めておいて、
口を閉ざしておく、ということが重要です。



“運命が引き寄せた 君に出逢わなければ
今も心閉ざして 不器用な私のまま 過ごしていただろう”

伊藤由奈 さんが唄う 『Let it Go』 のPVです。

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2009年11月10日

未来予知したイベントは、取り消しと変更が可能


いわゆる霊的能力者が、
特定の誰かの未来を予知したとき、それは、
その時点での感情や意識状態をもとにして、
その延長線上において、どのようになるかといった、
「ヴィジョン」を観ています。

この「ヴィジョン」は、おおよその場合、
4次元領域にアクセスしていますが、
これは、あまり当てにならないものです。

未来の可能性は、幾通りにもあります。

これは、多次元宇宙が、
過去-現在-未来の時間空間軸を、
永遠なる、いま・この瞬間に、
同時に内包しているからです。

特定の誰かの、その時点での、
感情や意識状態が変化してゆけば、
未来の「ヴィジョン」も変化するということです。

ネガティヴ・エネルギーの存在たちは、
この「ヴィジョン」を狙って、邪魔をしてきます。

例えば、チャネラーと呼ばれる方々が、
未来の時間軸の中で、あるイベントが起こります、
と言ったときに、最重要なイベントに関しては、
日付を特定させないことが得策です。

日付を特定させて公表したことで、
ネガティヴ・エネルギーの存在たちは、
その「ヴィジョン」をいじくって、
その日付に起こさせないように操作します。

それは、物質界という「この世界」に、
現象として成就しないうちは、
変更が可能であるということを意味しています。

このようなことが、ポジティヴ(光)とネガティヴ(闇)との間で、
エネルギー合戦のように、水面下で起きていることです。

ですから、このことを理解出来るのであれば、
やれ、あのチャネラーは、ちっとも、
言っていることが当たらないじゃないか!と、
揶揄(やゆ)することは出来ないでしょう。

一般的な普通の方々は、とかく、そのイベントは、
いつ起きるのかという日付にこだわることがありますが、
イベントが起きようとする日付に意識を集中するのではなく、
そのイベントが早々に、物質界という「この世界」に、
現象として成就して起きるように、
自分自身の内側から、光の想念を送り続ける、
ということが重要です。

これを、自分自身の人生に応用させるのであれば、
仮に、誰かから、未来の予知で、よくないことを告げられたとき、
以前よりも、より最善でポジティヴな感情と、
高い意識状態にもっていくことです。

そうすることで、よくないと想われるイベントは、
好ましいイベントに変換されます。

これも、反転作用の故に起きます。



純粋な光を自分自身に取り戻そう”

ニュージーランド出身の女性ヴォーカリスト、
JACKIE BRISTOW さんが唄う 『Tempted』 のPVです。

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2009年11月09日

「人生の転換期」の前触れとして起こるサイン


人生の転換期のときを知らせるサインとして、
一般的によく云われていることは、

★非常に頻繁によく眠くなる
★部屋の片付けや掃除、模様替えをしたくなる

といったことが、知られています。

私の個人的な経験上、
このようなこともあるといった例です。

これは、今までに2-3度ほどありましたが、
後々、振り返ってみれば、
確かにそうだったということで、それは、

★部屋で使用しているランプや電灯、
蛍光灯の類が、次々と切れてゆく
★普段使用している電気機器が壊れる

といったようなことで、これらがすべて、
同じ時期、同じタイミングで、
次々と起こることがあります。

人生の転換期は、小さな転換期と
大きな転換期があるかと想います。

このようなサインは、大きな転換期を迎える、
前触れとして起こってきます。

家の中にあるものが、普段使用している物質的なものが、
切れたり、壊れたりすれば、それを、交換、もしくは、
新調する必要が生じます。

つまり、それらの動作を強いられることから、
“新しいものに切り替わる”ということで、
人生の転換期が、特に、大きな意味での、
転換期が迫っていますよと、教えてくれています。

この大きな転換期のサインは、
それまでの日常的な人生とは、
大幅に変わってゆくことを示唆しています。

エレベーターで1つ上の階のフロアへ上昇して、
全く異なるフロアへ移行するぐらいの転換です。

それまでの人生模様とは、景色が全く変わります。

このようなサインは、自分自身の人生の、
未来の時間軸における、ちょっとした、
予知を受け取ったというようなものです。

このことを知れば、誰でも、
未来の予知を受け取ることが出来る
もしくは、その大小に関わらず、
未来の予知を受け取っている、
ということが分かります。



“俺たちは 誰かに従うために生まれて来たわけじゃないよ
自分自身が信じるもののために立ち上がるんだ
あなたが そのように言うのを聞かせてくれないか”

BON JOVI 『We Weren't Born To Follow』 のPVです。

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2009年11月06日

ヒーリングにおいて「してはいけないこと」


前回の続きですが、
M・ドーリル博士著『療法の真義』には、
ヒーリング、もしくは、治療における基礎として、
「してはいけないこと」という記述があります。

これは、ヒーリングの仕事を
されていない方にとっても、
自分自身に対するヒーリングとしても、
対応出来るものです。

これを、引用させて頂きたいと想います。


治療中は、絶対に、病気のことを思ったり
話したりしてはいけない。

そうでないと、病気を悪化させることになるであろう。

いつだろうと、どこでだろうと、
ネガティヴのことを思ったり
話したりしてはいけない。

神は完全であり、善であり、全能力をもって、
いつでも、偏在しておられるのである。

まず、このことを悟りなさい。

想念形態は、オドによる形成物で、
磁気力と組合された時に活動的となるのである。

毎分、毎秒、自分を見つめていなさい。

いかなることがあっても
病気の想念に自分自身を結合してはいけない。

あなたの魂の外にあるすべてのものは
幻であるということを悟るように
いつも訓練しなさい。

あなたは、心にいつも考えていたことを
得ているのである。

あなたは、自分の得ているものが
好ましくなかったなら、転換しなさい。

自己の望む完全な姿を、
それが実現の緒につくまで持ち続けなさい。



ここで云う神とは、宇宙根源の創造主、
もしくは、宇宙の法則と置き換えられるでしょう。

「想念形態は、オドによる形成物で、
磁気力と組合された時に活動的となるのである。」
の部分について、人体の磁気エネルギーは、
人間の頭部で蓄積された独特のエネルギーであって、
大神経路から小神経路へと、神経流にのせて
人間の想念印象を運ぶものであると云います。

この想念印象を、オドと、
理解してもいいかもしれません。

同著では、オドについてを、
以下のように説明されています。


神秘学では、人の頭の中で、エゴ、
つまり、意識(魂)からの発出、表現としての
或るエネルギーがあることが知られており、
この特殊の力は、“オディック”力と呼ばれている。

古代智恵では、“オディック”力は、
脳細胞増感力と考えられていた。

これは、脳内の各細胞に入るところの
エネルギーであり、力である。

脳細胞に刻みつけられた印象は、
不滅のものとして印象づけられ、
肉体が存する限りは、完全に消去されたり、
失われたりすることは絶対にないのである。

それは永続的印象として残るのである。




“決して 後ヘは引かない
自分自身の内側で 何を信じるべきかは知っている
私は目を覚まし 生きている”

“暗闇の中から 目を覚まして”

Skillet (スキレット) 『Awake And Alive』 のPVです。

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2009年11月05日

ヒーリングは、相手に同調してはいけない


このブログを読まれている方々の中には、
実際に、ヒーリングの仕事をされている方も、
多くいらっしゃるようで、これまでに、
メールを頂いた方の中にも、今現在、
メールを頂いている方の中にも共通して、
似たようなトラブルを抱えている
ケースはあるようです。

ということで、このような内容の記事も、
参考までに取り上げているものです。

特定の誰かに、ヒーリング・エネルギーを送る際は、
相手の気持ちや想念というものに、同調してはいけない
ということが云われています。

特定の相手が、何らかの病気の症状を抱えているとき、
例えば、ヒーリング施術者が、何らかの気遣いからなのか、
その相手に対して、病状に対する同情の気持ちを、
傾けてはいけないということです。

それは、何らかの病状を抱えている相手からの、
ネガティヴ思考と同調してしまうということであり、
ヒーリング施術者自身にも、身体の不調を
受け取ってしまうことになります。

M・ドーリル博士著『療法の真義』には、
その際における「原則」として、次の記述があります。


心をポジティヴ(積極的、建設的)にのみ保ちなさい。
完全健康のみを思い、相手もそうだと思いなさい。

そうすれば、間違いなく、おそらく、
直ちにそれが実現されるであろう。

さて、一般的療法だが、ほとんどの人々は
神経的緊張状にある。

神経療法をすると、その人の気力を
流れさすようにさせるから、まずこの療法を行なう。
神経療法は、その人のネガティヴ想念形態を打ち壊し、
その人をリラックスさせる。

磁気力は、神経の諸症状を除くのである。



この神経療法についての一例としては、
過去の記事で、「体内のネガティヴ・エネルギーを
打ち壊す「磁気力強化法」」を取り上げています。

磁気力を手のひらから流れさすためには、
手が湿っていると磁気力が流れないので、
両手が熱くなって乾くまで擦ることが
非常に大切であるといいます。

また、同著に「自己保護の原則」として、
次のように書かれてあります。


病気疾病のあらゆる徴候というものは、
内なる不調和、つまり、ネガティヴの想念形態の
結果としておこるのだということを
完全に悟らなければならない。

あなたは、相手の不調和の状に
あなた自身が同調して、
相手のネガティヴを増加さしてはいけないので、
その代わりに相手の想念形態を打破して
完全なる強さと調和の想念とを
送らねばならないのである。

いつも、相手に対して完全のみが
表れていることを想いなさい。




“答えは自分の中に 必ずあるものだから
あきらめないで 強く生きることをやめないで
悲しすぎて 前に進めない時でも
共に悩み歩んだぼくらに 風は吹く どこまででも”

ステレオポニー 『ツキアカリのミチシルベ』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 22:23| メッセージ | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

正義を振りかざす必要はない


善か悪かという二元性に置かれているときに、
自分自身が、善なる者である
ということを強く主張するかのように、
「正義」にこだわることがあったりします。

「正義」を振りかざす人は、
悪を極端に憎みます。

悪を憎むが故に、「正義」という
大義名分を振りかざして、
悪を倒すのだという発想に至ります。

しかし、この「正義」という
概念にこだわっているうちは、
“善と悪が対立している”という構図からは、
決して、逃れることが出来ないでしょう。

それは、いつまで経っても、
善と悪の二元性のループの輪の中を、
グルグルと回り続けているだけで、
「分裂」の世界に留まった状態のままです。

それは、「統合」をキーワードにした、
新しい世界、水瓶座の時代とは、
相反する概念ですから、3次元領域の、
物質界に留まったままの概念です。

ネガティヴ(闇)=悪という図式で表される存在は、
常に、命を狙って攻撃を仕掛けてきて、
鬱陶しく、煩わしいものです。

万一、そこで、生命を落としたとしても、
物質界という「この世界」で行われていることの
すべては、ゲームです。

このゲームを制するためには、
自分自身の中に潜む「憎しみ」を
取り払う必要があります。

「正義」を振りかざすことは、
「憎しみ」の反転作用として起きています。

自分自身の中の「憎しみ」を解消するために、
それに正当性を持たせるために、
「正義」という概念に変換しています。

ですから、根底に「憎しみ」が潜んでいる、
「正義」を振りかざして、いわゆる、
悪なるものに立ち向かっていても、
根底に「憎しみ」が宿る限りは、
何の解決方法にもならないでしょう。

そのための解決方法は、悪を「憎む」、
「恨む」ことを止めるより他ないでしょう。

悪を「憎む」、「恨む」のではなく、
そこに、光を入れる、光を送り続けることです。

悪霊や邪気邪霊を祓うことも、真言を唱えることなども、
そこに、光を入れる、光を送り続けることです。

命を狙って攻撃を仕掛けて来る現象も、
そこに、光を入れる、光を送り続けることで、
臨界点までもってゆき、反転現象を
起こさせるということです。



“変容してチャンスを得るか
同じ場所に留まったままでいるのか ”

CAVO 『Let It Go』 のPVです。(※動画なし)

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2009年11月03日

善悪の判断を超えてゆくという難関を突破する


私たちは、とかく、善か悪かの判断に
捉われがちになります。

それは、やはり、物質界という「この世界」が、
二元性に分離されてきた所以でしょう。

宇宙の法則は、そんなことにはお構いなしです。

それが、善であろうが、悪であろうが、
全く関係がないということです。

宇宙の法則が正しく反応するのは、
私たちが「調和」の状態にあるときです。

「調和」の状態にあるときというのは、
バランスが保たれているときであり、
ポジティヴとネガティヴの、ちょうど、
中心に身を置いているときです。

善か悪かの判断は、思考、
マインドからやって来るものであり、
宇宙の根源からやって来るものではありません。

しかし、宇宙は何でも有りだからといっても、
倫理的に観て如何なものだろうかという
最低限の道徳心、モラルが必要です。

最低限の道徳心やモラルとは何かと問われれば、
自己中心的、自分勝手、利己的からの脱却でしょう。

他人なら、どう想うだろうかという、
人の立場に立てる、「優しさ」や「思いやり」を、
真っ先に、思考やマインドに置く必要があります。

このようなことが、根底にあった上で、
私たちは、善と悪とを統合して、
それらを超えてゆく道程にいます。

私たちが、「調和」の状態にあるとき、
それは、善や悪、ポジティヴやネガティヴ、
そのどちら側にも傾いていないときです。

光のネットワークに繋がり、
宇宙の根源に到達するのは、
このような意識状態であり、
それは、宇宙意識と云われるものです。

それは、計量器の針が、ちょうど、
真中あたりを差しているときです。



“期待するだけ不安になる
信じることを忘れてた
迷わず今を生きることで
恐れることも消えてた”

alan さんが唄う 『Swear』 のPVです。

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2009年11月02日

宇宙の法則は、人間の人格性を問わない


チャネラーや、霊能者と呼ばれる方々は、
いわゆる、スピリチュアル・ガイドと
繋がっている方々であるのは云うまでもありません。

M・ドーリル博士著『療法の真義』の中に、
次のような記述があります。


我々は、正統派の教会が教えているように、
神は人であると思ってはならないのである。

神は人ではなく、人格性に関心を持たれないのである。

神は、あなたが調和を実現しているときに、
あなたに関心を持たれ、あなたが、
神が発現されるチャンネルとなるときに、
あなたに関心を持たれるのである。

あなたが不調和である限り、あなたは、
神のチャンネルではないのである。



ここで云う神とは、神社や聖地で祀られている、
いわゆる御祭神としての人格神ではなく、
創造主、もしくは、宇宙の法則と
置き換えたほうがいいでしょう。

私はよく、神社や聖地の御祭神たちは、
もとは人間であった場合が多いと
書いたことがありますが、彼ら彼女らが、
神の領域へ入っていったのであれば、かつて、
人間として所有していた感情を理解しつつも、
そのような部分からは遠く離れています。

光のネットワークとして繋がるために、
一番重要な部分は、その方が、
「調和」されているかどうかということになり、
その方の人格は問わないということになります。

ですから、その瞬間、その瞬間の、
「調和」に感応して、高次元における
スピリチュアル・ガイドたちと繋がる、
ということが云われています。

そのとき、その瞬間には、その方の、
「調和」というバランス状態は保たれていることになります。

ですが、そこから先は如何なものでしょうか。

高次元における、最善なる、
スピリチュアル・ガイドたちと繋がり続けるためには、
そのような光のネットワークに繋がり続けるためには、
「調和」というバランス状態を保持し続けることが、
大切なのは云うまでもありません。

それは、一時のことならば、
人格性を問わなかったとしても、
その状態を長く続けてゆくためには、
人格者たらんとする方向に修正されていく、
もしくは、修正するように自分自身で
努めてゆく必要があるはずです。

私たちは、人として生きている以上、
人という生命体を選択した以上は、
これからの多次元領域宇宙へと向かう、
霊性進化の道の上においては、「人として」
という部分を外すことは出来ないでしょう。



“私の場所を見つけて 私の音を聴くの
目の前にある あらゆる痛みを気にしてばかりいないで
幸せになることを試みよう”

Leona Lewis さんが唄う 『Happy』 のPVです。

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