2009年07月03日

拝殿の屋根に止まる鳥のサイン


このお題については、「スピリチュアル・ガイドが、
そばにいることを教えてくれるサイン」の記事や、
「「呼ばれる」ときのサインは、動物を遣うこともある」
の記事の中でお伝えしてあります。

神社礼拝に行き、拝殿の前で手を合わせるとき、
拝殿の屋根、もしくは、その近辺の左側のラインに、
その御祭神を象徴する鳥が止まることで、
その御祭神や、身近なスピリチュアル・ガイドの誰かが、
そばにいることを知らせるというサインです。

これを裏づけるところの説明が
カバラの教えの中にあります。

ということで、M・ドーリル博士著の、
『カバラの眞義』の中から、その該当部分を、
引用させて頂きたいと想います。


生命の木の中央部の四つの光球が
“中柱”を形成している。

この中柱が、三光球による右の柱と、
三光球による左の柱とを保持し、
支えているからである。

生命の木には、三本の柱があるのである。

右柱は慈悲の柱と呼ばれる。

これらの柱は、神の寺院の柱なのである。

我々が総てのものの根源にと戻るのに昇る柱は、
真中の中柱なのである。

聖なる人(アダムカドモン、生命の木)が
外(向こう)を向いているから右柱が右側にあるので、
もし、聖なる人が外を向いていないで、こちらを向き、
神に背を向けていたら、右柱が左柱にあるのだということを
意にとどめておかれたい。

この間違いが、多くのカバラ学者たちによって
成されているのであり、フリーメーソン派の人々も
同様の誤りをおかしているのである。



アダムカドモンとは、“生命の木の聖なる人”のことで、
生命の木は、アダムカドモンという“聖なる人”と、
人間とのシンボルです。

人間は、“聖なる人”の想念によって形成された、
物質界の人間ということになります。

ここでは、アダムカドモンなるものを、
“太古の神人”としておきましょう。

これは、カバラをご存知でなければ、
さっぱり、わけが分からないような難解なことが
書かれてあるかもしれませんが、
今回のお題に関連してお伝えしたいことは、

「生命の木には、三本の柱がある」、
「これらの柱は、神の寺院の柱」

であり、

「聖なる人が外(向こう)を向いているから右柱が右側にあるので、
もし、聖なる人が外を向いていないで、こちらを向き、
神に背を向けていたら、右柱が左柱にあるのだということ」

の部分です。

生命の木が三本の柱であり、
神の寺院の柱であることのシンボルとして、
重要な神社の多くには、“三つ巴”の紋が印されています。



このようなことで、
「生命の木には、三本の柱がある」ということが、
宇宙の真理の教えが、三位一体であることの
根本となっていることが分かります。

「聖なる人が外(向こう)を向いているから右柱が右側にある」
とは、高次元の神と呼ばれる存在たちは、基本的に、
私たちがこの物質界に留まっている限りにおいては、
この物質界から、神々の顔を観ようとしたとき、
その顔を真正面から観ることが出来ないということは、
「神の顔は、真正面から観れない」の記事でお伝えしました。

ですから、「聖なる存在は、右側に立つ」の記事
でお伝えしましたように、基本的には、
最善なる高次元のスピリチュアル・ガイドたちは、
私たちの身体を軸にして、右側のライン状に現れます。

しかし、聖なる人(神)、もしくは、
スピリチュアル・ガイドたちがこちらを向いていますと、
この物質界においては、私たちが、彼ら彼女らに対して、
背を向けている形になります。

そうしますと、「右柱が左柱にある」ように
観えるということになります。

これを、「神社の拝殿に止まる鳥」に置き換えますと、
拝殿、もしくは、社の左側のラインに現れて観える
ということになります。



“私たちなら何とかできるはず
ともに変えていくことが出来るはず

私たちなら何とかやってゆけるはず
同じ地球上に生きる私たちだから
お互いに許し合えれば うまくいくはず

愛を注ぎ分かち合ってゆければ
私たちなら上手くやってのけるはず”

SWEETBOX 『WE CAN WORK IT OUT』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 00:13| メッセージ | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

輪廻転生なる概念と、そのシステム周辺


私たちが暮らしてる「この世界」は、
3次元領域の物質界であり、
輪廻転生システムです。

このフレーズは、このブログの中では、
何度も繰り返し書かれているものですが、
輪廻転生そのものについてを、
深く掘り下げたことはありませんでした。

輪廻転生というシステムについて、
霊的能力者の中には、そんなものは存在しない、
人の生まれ変わりなどというものはないのだと、
きっぱりと断言してしまう方もいます。

この、輪廻転生という概念についてを、
M・ドーリル博士著『療法の真義』から、
引用させて頂きたいと想います。


自分を高位だと思っている
多くの神秘形而上学の先生がたは、
4次元界と3次元界の境界を超えて
向こうへは行っていないものだから、
再生については、ほとんど知らないのである。

彼らは、境界まで行ってこの3次元物質世界を
振り返ってみることが出来るのである。

もし、境界の中にまで入っていたら、
3次元界を見ることが出来ないのである。

ほとんどの人は、3次元と4次元との境界を
行き来しているのであって、決して
真の4次元界に入っているのではないのである。

わたしが皆さんに言えることは、
この境界から真の4次元界へ入るには、
23の門があって閉じられているということである。

4次元界の23の異なる区域は
この物質世界によく似ている。

それは、宇宙の諸法則が物質界に注がれるのは、
内部4次元界を通じてであるからである。

内部4次元界で物質界の宇宙法則の働きと
その反応とが示されるのである。

4次元界で見えるのは、
法則という立場から見られるのであって、
表れという立場からではないのである。


輪廻転生について、多くの異なる教えがある
もう一つの理由は、4次元界で輪廻について
学んでいる多くの人々の心は、
ある限られた数のシンボル(象徴)と
印象しか受けないからである。

普通の人の心は、心の限界に
束縛されないところの物事の印象を、
はっきりと受け取る能力を持たないのである。

4次元界や5次元界の経験を
3次元界の画像に転換しなければならないのである。

そんな人々は、シンボルの説明や
高次元界のイメージ(心像)についての理解
といったことに対する特殊な訓練を
充分に受けていないのである。

彼らが4次元界で受けた印象は、
自分たちが持っている意識の位相に従って
転換しているのである。

もし、彼らが意識のあらゆる位相と
関連性をもたせていたら、
その画く心像は完全なものであろう。

間違ったものが4次元界で
意識に入って来たのではなく、
それを真実のものとして受け止めるところの
人間の心的能力が間違うのである。

ある人は他の人よりも、
はっきりとした像を得るというのは、
心的能力の差の故なのである。



「3次元と4次元との境界を行き来している」
という説明が、いわゆる、輪廻転生のことであり、
この境界は、魂の待機領域となっています。

多くの方々が、眠っている夢の中で観る世界、
つまり、夢の中で向かう世界という場所は、
基本的には、この境界の場所であることが多く、
私たちが住んでいる3次元物質界の景色と、
非常によく似ている場所も、この境界にあります。

これまでの地球人類の歴史の中では、
個人それぞれの守護天使、もしくは、
身近なスピリチュアル・ガイドたちが、
この境界に案内して、

“私たちの魂の故郷を忘れないで”

というようなことで、この境界に居て、
人生の色々なアドヴァイスを受け取ったり、
あるいは、魂の故郷に帰る準備をするために、
この境界の印象を強く焼きつけて思い出させる、
ということなどもあるでしょう。

しかし、この部分で云うところの、
3次元も4次元も、その間にある境界もすべて、
今回の地球の大幅な周波数の上昇により、
つまり、アセンションにより、閉じられてしまいます。

閉じられるということは、無くなってしまうのですから、
“仮住まいとしての魂の故郷”は、無くなるということです。

長い長い間、この地球上で、
輪廻転生を繰り返してきた人、
魂たちの多くは、一部の方々を除いて、
本来、もともと居た場所、本来の
魂の故郷である星に帰るか、もしくは、
これまでと似たような3次元領域の星へ、
そのまま移行するという話は、このブログ上でも、
すでにお伝えしてあります。

「境界まで行ってこの3次元物質世界を
振り返ってみることが出来る」というのに、
「境界の中にまで入っていたら、3次元界を
見ることが出来ない」というのは、例えるならば、
万里の長城や、連綿と連なる山脈の頂上に居て、
両方の世界を見下ろしているようなものでしょう。

しかし、境界の中ほどまでに深く入っていたら、
山々の連なりに囲まれて、外の世界が見えない
ということでしょう。

「この境界から真の4次元界へ入るには、
23の門があって閉じられている」というのは、
真の4次元界は、地球の地表上に住んでいる
地球人類ではない、地底内部に住む
地底人たちの世界を指すのでしょう。

ですから、「内部4次元界」と云えば、
地球内部世界「アガルタ」を指すことになります。

ここで、過去記事の「宇宙の根源に最も近い場所」
を思い出して頂きたいと想います。

「宇宙の諸法則が物質界に注がれるのは、
内部4次元界を通じてである」と述べられています。

つまり、宇宙の中心地である宇宙の根源とは、
私たちの暮らしている物質宇宙とは全く異なる
外宇宙に属しているのであり、外宇宙から入って来る
何らかの光のエネルギー、もしくは、光のネットワーク
などというものは、内部4次元界である
地球内部世界「アガルタ」を通じて入って来ます。

地球内部世界「アガルタ」を通じて入って来る手前の門として、
私たちの物質宇宙の中の、太陽系の惑星である金星が玄関としてあり、
金星の手前にある、外宇宙と私たちの物質宇宙を繋ぐ門が、
「23の門」で示されている通り、シリウス星系ということになります。

余談ですが、東京都が23区から構成されているのも、
シリウスと全く無関係なことではないということも、
何となく、想像がつくことでしょう。



また、天皇家の御紋である「十六弁八重表菊紋」は、
裏表の花弁の数を合わせると32枚であり、
裏を返せば23になり、天皇家が、
シリウスからの直系であることも分かります。

日本の国花は桜で、東京都の花は、ソメイヨシノで桜です。

桜は、シリウスから降ろされて来た花ですから、
これらを観て、日本列島が、シリウスから
降ろされて来た科学システムであること
が分かりますし、桜と云えば、
木花咲耶姫さんを象徴する花でもあります。

木花咲耶姫さんは、おおよそ587万年前という、
太古の時代の天皇であります瓊瓊杵尊
(ににぎのみこと)さんの皇后であったことから、
日本列島には、プレアデスからの
エネルギーも強いことが分かります。

人の生殖細胞に含まれる染色体の数が23本で、
細胞核内に23対の染色体を持つことを観れば、
人間という生命体を創った存在が、
シリウス星系に遡ることが分かります。

日本列島に住む大和民族という種が、
世界各国へ向ける霊的覚醒の魁となると、
ある方面の先生方によって伝えられているのは、
これらのことに所以しています。

(書籍『ウイングメーカー』で紹介されている遺跡が、
23室からなる人口遺物であるということが、
これらに対応しているということも、
“ウイングメーカー”なる存在たちであれば、
熟知している必要があります。)

また、人間と多種属類との間の
無軌道な交配が行なわれないために、
ある程度の霊的覚醒水準に到達するまで、
プレアデス星系の種が、地球人類に対して、
遺伝子操作を行ない、DNAを、
2本に閉じておいたことも分かります。

その次に述べられていますのは、
内部4次元界である地球内部世界「アガルタ」から、
私たちの住む物質界へ向かって働くのは、
宇宙の法則という“法則そのもの”であって、
物質的に肉体の目で見ることが出来る
表れではないと云っています。

よく、夢を見たことがないだとか、
夢で見た内容について全く覚えていないという方は、

「普通の人の心は、心の限界に束縛されないところの
物事の印象を、はっきりと受け取る能力を持たない」

という部分で説明されている通りでしょう。

「シンボルの説明や高次元界のイメージ(心像)
についての理解といったことに対する特殊な訓練」
ということの最も基本的な方法として、
夢を見たあとに、起きてすぐ、夢の内容を記録することで、
夢の内容を覚えている感覚を次第に養っていくために、
ドリーム・ノートを記すということは、
普通のスピリチュアルの世界の話として、
よく伝えられていることです。

「間違ったものが4次元界で
意識に入って来たのではなく、
それを真実のものとして受け止めるところの
人間の心的能力が間違う」というのは、
どこまで、意識と想念、そして、魂を、
純粋に保てるかに掛かっています。

この部分においても、
心と魂の浄化の重要性が問われています。



“心を改め直して 世界を変化させ続けよう
そして 思考してみる 運命の変容する予言
子供たちが急成長する時代がやって来ている
私たちは うまくやっていけるだろう”

MICHAEL JACKSON さんが唄う 『Jam』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 23:33| メッセージ | 更新情報をチェックする

2009年07月01日

混乱の時期を如何に乗り越えるか


私たちの「この世界」には、
問題が山積みのようです。

どなた様においても、
何らかのトラブルを抱えているでしょう。

しかし、この、「問題がある」という意識を、
抱え続けていますと、次から次へと
問題がやって来るようで、始末におけない状態へと
掻きたてられてしまうでしょう。

確かに、その問題と云える状況は、
厳然として、そこに在るでしょう。

その問題を解決しようとして、
問題そのものに意識を集中してしまうのが、
普通の思考形態です。

そうしますと、その問題の大きさによっては、
問題という泥沼にどっぷりと嵌まってしまい、
出口が見つからなくなるかもしれません。

私たちが、高い意識状態から、
これらの状況を観ようとするのであれば、
「問題は一切ない」、「問題は一切起きていない」
という視点に、思考状態を切り替えることです。

そして、その問題と想える状況から、
一旦、離れてしまうということです。

これは、私が、天日鷲命(あめのひわしのみこと)
さんからよく言われることですが、
一旦、そこから離れて、感覚的にですが、
空を飛ぶ鳶のように、上空から俯瞰して観る、
眺めてみる、というイメージを思い浮かべます。

上空を悠々と旋回している鳶の姿には、
一切の緊張も、焦りも、苛立ちもないでしょう。

これは、何度もお伝えしていますように、
そして、太古からの教えの基本にもありますように、
リラックスしていることが大切です。

緊張感にではなく、安心感の中に身を置くということです。

例え、5分でも10分でも、
リラックスした状態に身を置いて、
楽観的な気分を得たならば、
最善なる高次元のスピリチュアル・ガイドたちは、
私たちに向かって、何らかのインスピレーションを、
何らかのヒントを提示することが出来ます。

私たちは、それを、“内なる声”として受け取ります。

私たち一人ひとりが、高い意識に到達すれば、
それは、高次の自分自身、ハイアーセルフからの声、
としてもやって来ます。

人によっては、それは、
何時からなのかは分からないけれど、
何処で知ったのかは分からないけれど、
何となく知っていた…という感覚として
やって来るかもしれません。

それは、何故かと云えば、
スピリチュアル・ガイドたちから観て、
過去−現在−未来はすべて、
いま・この瞬間に存在するわけですから、
何らかのインスピレーションやヒントは、
過去からやって来るかもしれないし、
未来からやって来るのかもしれないのです。

これは、スピリチュアル・ガイドたちであっても、
私たち生命体であっても、すべては、
多次元的存在である所以です。

精神世界やスピリチュアルの世界ではよく、
宇宙は愛で満ち溢れている、宇宙は愛で満たされている、
というような云い方をします。

つまり、何らかのインスピレーションもヒントも、
宇宙のあらゆるところに潜んでいるのであり、
宇宙のあらゆるところに満ち溢れています。

スピリチュアル・ガイドたちは、私たちには、
非常に意外に想えるような方法や手段を使って、
「この世界」の中に、何らかのインスピレーションや
ヒントを送り込みます。

ですから、私たちが、どんなに
問題と想える状況であろうとも、
解決しない問題はありませんし、
問題など、「初めから無い」のです。

宇宙の法則というものが、
完璧に作用している所以は、ここにあります。

問題に対する解決策を引き出すポイントは、
いつでも、リラックスの中にあります。

ですから、気分転換というものを、
軽くみて、疎かにしてはいけないのです。



“競争社会をぶち壊せ
社会構造の奴隷になっているうちは
世界の王者になれないのだから”

SKID ROW 『Slave To The Grind』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 05:55| メッセージ | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

古代フリーメーソン派が追い求めた「失われた四文字語」


私が、昨年暮れ頃に、
アホになってお伝えしますといって、
取り上げたお話しの中で、
“創造主そのものが降りて来ている”
ということで、私に紹介してくれた人がいました。

この、“創造主そのもの”だと名乗る者は、
自らが、弥勒菩薩そのものであるといい、
派手な白い光を見せて、つまり、
物質化現象を見せて、盲目的な、
一般的普通の人々を騙していました。

この者が、実際に繋がっていたのは、
日本列島から、地球の反対側に位置する国の、
古い時代の土着民族的なカルト宗教が
崇めていた存在で、その正体は、
魔界の凶悪な悪魔の類でした。

しかし、このようなことは、
霊的な目を持ってしか分からないでしょうし、
一般の普通の人々にとっては、
多くの新興宗教の信者同様に、
盲目的に騙される温床となっています。

インターネットの世界では、
このような者もまだ、数多くいますから、
よくよく注意をしてから、近づかなければ、
最悪の場合、命取りになります。

ですから、私は、スピリチュアルの世界は、
とても危険であり、要注意ですから、
遊び半分な気持ちではいけないし、
よく学ぶ必要がありますということも、
たまに、書かせて頂いています。

この場合の例としては、霊的な目が、
まだ充分に開かれていなかったときに、
如何にして見抜けるのだろうか、
ということがあるかと想います。

創造主そのものが、もしくは、
高次元の神なる存在そのものが、
直接に、私たちの物質界という「この世界」に
降りて来るということは不可能であり、
物質界の周波数領域が、即、上昇してしまい、
物質界が、物質界として存在出来なくなる、
その存在理由が無くなってしまう、
ということはすでに述べました。

この、“創造主そのものである”と名乗っていた者は、
創造主そのものであるという理由から、自らの名前は、
「我はある」という者だと告げていました。

ここに、ニセモノであるという
大きな理由を見出すことが出来ます。

カバラの深淵なる奥義をもとにして、
古代フリーメーソン派が追い求めてきた、
失われた語と云われるテトラグラマトン(四文字語)
というものがあります。

テトラグラマトン(四文字語)は、
聖書で云うところの、「はじめにことばがあった」
に当たるものであり、創造主によって、
発せられた言葉であると云われ、
この言葉によって創造が行なわれた
と云われるものです。

テトラグラマトン(四文字語)は、
その意味を魂で知り、四界をすべて、
支配征服することが、アセンデッド・マスターになる、
最終関門と云えるでしょう。

この失われた語は、他の呼び方では、
オーム(宇宙根源の聖音)とも呼ばれていて、
マントラ(真言)の冒頭によく付加されている、
“オン ソラソバティ エイ ソワカ”などの、
“オン”で知られています。

つまり、古代フリーメーソン派とは、
創造の失われた四文字語を、
再び獲得するために創建された一派でした。

古代フリーメーソン派の本来の目的とは、
人が神の力を取り戻して、つまり、
内なる神を見出して、これを、私たち自身に、
自分自身に実現しようというものです。

この失われた四文字語を、
ヨド、ヘィ、ヴァウ、ヘィ (Yod. He. Vau. He)
と云われていますが、多くの宗教は、
特に、現キリスト教における聖書の中では、
間違った訳をしていて、今日まで伝わっています。

この聖なる四文字語は、
聖の顕現の四界への鍵であると云われ、
順に、ヨドは霊界(最高界)を、ヘィは聖心界を、
ヴァゥは形成界(アストラル界)を、
ヘィは物質界(最低界)を表しています。

この中で云うヨド(霊界)とは、
神が住むところの無限界ではありません。

この四界とは、私たちの物質宇宙の中における、
半霊半物質界としての位置付けと云えるでしょう。

このヘィを、聖書では、
英語のHE(彼)と間違って訳していまい、
創造主(神)を男性的な父なる存在と勘違いし、
「彼は唯一の道であり、ありてあるもの」
と誤訳してしまいました。

創造主(神)は、女性でもなければ、
男性でもなく、父でもなければ母でもなく、
それら両方であり、両性具有ですから、
性別というものはありません。

このような誤訳があることから、
創造主 = 我はある
という等式は成り立たないのであり、
このように告げている者はすべて、
ニセモノであるということが見抜けます。

ですから、今後、“私は弥勒菩薩の生まれ変わりである”
とか、“創造主の生まれ変わりである”とか、もしくは、
これらそのものであると名乗る者が現れて来て、
私たちを救うためにやって来たのだと語る者が居たとしても、
その者が「我はある」だと名乗ったとしたら、
その者はニセモノであると、すぐに見抜けるはずです。

この、失われた四文字語の正しい訳については、
悪用されないために、このブログ上では
書くことが出来ないことを、ご了承頂きたいと想います。

しかし、ここまで、ずっとお読みくださった方であれば、
これらの説明が、何処から引用されているのかは
自ずと、想像がつくことでしょう。

もう幾たびも取り上げている書物であり、
どうしても必要な方は、その書物のほうへと
導かれてゆくはずです。

書物のほうで、読む者を選びます。

ここでは、どのような魔界の悪魔が、
私たちを騙そうとしてやって来ても、
真義に到達するための、真剣に学ぼうとする
想いがあるのであれば、必ず、
見抜くことが出来るのだということを、
お伝えさせて頂きました。

魔界の悪魔などと云ってしまいますと、
おどろおどろしく、怖ろしく感じてしまうかもしれませんが、
それらは、私たちを、より高い位置に上昇させるための、
単なるトラップやハードルに過ぎないものです。

私たちが、怠惰な気持ちで、
そこから何も学ぼうとしなければ、
それらの類に、盲目的に騙され続けるのであり、
真剣に血眼になって学ぼうとするのであれば、
最善なる高次元のスピリチュアル・ガイドたちを介して、
答えのある場所に導かれるのです。

私がここで、「最善なる」と付け加えてきたのは、
宇宙の法則を、宇宙の永遠進化進歩の方向において、
正しく活用する存在たち、という意味においてです。

神理(真理)の道が、向こう側から、
つまり、宇宙の高次元領域のほうから、
私たちのために開かれてゆくのです。



“常に注意深い目に見守られ
聖堂の天使たちは飛んでいる”

“鍵を回して 門を通り抜ける
より高い位置へ到達するための
大きな上昇 それは通過儀礼というもの”

“最後の段階 神聖な家
ドアの鍵をあけて 礎石を並べる
それは通過儀礼というもの”

“七つの星 太陽が昇る 新しい生命が育まれる
完璧な世界 それは通過儀礼というもの”

フリーメーソンをテーマに扱った曲、
DREAM THEATER 『A Rite Of Passage』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 03:37| メッセージ | 更新情報をチェックする

2009年06月24日

体内のネガティヴ・エネルギーを打ち壊す「磁気力強化法」


磁気(マグネティック)エネルギーというものが、
身体に良いということは、何となくでも、
ご存知である方は多いと想います。

肉体は磁石であり、磁気力とエネルギーとが、
肉体に貯えられています。

磁気エネルギーは、神経経路を伝わります。

また、肉体には、磁気極性があり、
磁気力を生ずるには、ポジティヴ(陽)と、
ネガティヴ(陰)との両方の極性が
必要であると云います。

治療というものが行なわれるときには、
つねに、肉体が極性化されているべきであり、
肉体内で、ポジティヴの磁気と、
ネガティヴの磁気とが均衡されている
必要があると云います。

その均衡が崩れることで、
体調不良の原因となるので、
健康を回復する前には、この均衡を
取り戻す必要があります。

今回の記事で取り上げる、
「磁気力強化法」は、私自身も日頃、
これを試してみて、確かな効果があります。

この「磁気力強化法」に慣れてきますと、
特に、右手側に、ビリビリとした感覚が、
つまり、磁気エネルギーが
流れている感覚が分かります。

また、身体全体にも、磁気エネルギーが
循環しているようで、これを行なっている最中に、
立ちくらみや、めまいといった症状が
起きることもあるでしょう。

霊媒体質ということで、身体に敏感に
反応が起きるという方は、憑依や、
邪気などのネガティヴ・エネルギーを
受け取ってしまったときに、身体の左側半分、
左側頭部、左腕、左脚等に、纏わりつくような、
嫌な観じがあります。

このような嫌な感覚も、
この「磁気力強化法」を行なうことで、
その度ごとに、取り去ることが可能です。

これを繰り返し行なうことの目的は、
体内の磁気エネルギーのバランスを養い、
健康状態を保ち、強化してゆくことです。

そのための条件として、病気のことを、
一切、想ったり話したりしては
いけないということです。

よく、病院などで年輩の方々が、
お互いに病気自慢をするようなことは、
もってのほかということです。

それは何故かと云えば、
病気をさらに悪化させてしまうからであり、
治そう、改善させようとする治癒力や、
治療の妨げになるからです。

それでは、この「磁気力強化法」の行ない方についてを、
M・ドーリル博士著『療法の真義』から
引用させて頂きたいと想います。

後半の部分にある、右鼻呼吸とは、
左鼻部分を手で押さえて、
右鼻部分だけで呼吸を行ないます。

参考にしてください。



(1) 左手を開いて上へあげる。
右手は握って下におろしておく。
爪立ちながら深く息を吸う。

そして、出来るだけ長く止息しておく。
ゆっくりと、爪立ちを戻しながら息を吐く。

(2) 右腕をあげ、左手人差指を
右腕のわきの下の神経におき、
舌を上後方に巻きそらせる。

右手親指で左こめかみを圧迫する。
深く息を吸って出来るだけ長く止息する。

この方法は、ネガティヴ形態を破壊さすのである。

はじめは、過去のネガティヴ想念が無くなるまで
3ヶ月ほどは、1日に3-4回行なう。

それからは、1週に2-3回行なえばよい。

最初の頃は、1回毎に7へんずつ繰り返しなさい。


大衆の前で講演をするとか、
歌を歌うとかの場合は、
人々の前にあらわれる前には、
右鼻で呼吸をしなさい。

そうすると、聴衆の中のネガティヴの人々によって
極性が消極化しないようにバランスを保たせるのである。

また、外出する場合も、いつも、
2-3分右鼻呼吸をしなさい。




“Butterfly 今日は今までの どんな時より 素晴らしい
赤い糸でむすばれてく 光の輪のなかへ”

木村カエラ さんが唄う 『Butterfly』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 04:44| メッセージ | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

「おみくじを、木の枝に結ぶと枯れる」というのは…


神社の境内には、

“おみくじを木に結ばないでください、
木が枯れてしまいます”

というような、注意書きをよく見掛けます。

そもそも、おみくじを木の枝に結ぶという行為は、
どのような願掛けを意味するのでしょうか。

おみくじを木の枝に結ぶことによって、
願いが成就するという意味でも
込められているのでしょうか。

しかし、木の枝が枯れてしまうようでは、
それは果たして、如何なものかと想われますし、
むしろ、「木の枝が枯れてしまう」という現象について、
想いを巡らせてみたいと想います。

例えば、おみくじで凶や大凶が出てあまり良くないから、
不吉だからということで、木の枝に結ぶ
ということがあるのかもしれません。

このことだけを観てみますと、凶のおみくじだから、
木が枯れる原因になるのかと想ってしまうかもしれません。

しかし、必ずしも、それだけの理由ではなく、
大吉が出ても、中吉が出ても、
小吉や吉であったとしても、
木の枝に結ばれているのでしょう。

そのような、おみくじの出た結果に関係なく、
木の枝に結ばれているのであるとすれば、
それは、おみくじの内容には関係ないということです。

おみくじが凶だったから、そこに、
ネガティヴ・エネルギーが宿っているから、
木の枝に結ぶと枯れてしまうということではなさそうです。

だとすれば、木の枝が枯れてしまう原因となるものは、
私たちの意識や想念に違いないでしょう。

それは、おみくじの結果が
良いか悪いかということではなくて、
それを、木の枝に結ぶことで、
凶という悪い結果を無かったことにしよう、
もしくは、吉という良い結果を成就させようという、
利己的で、かつ、自分勝手な想念が、
そこに介在しているからでしょう。

つまり、私たちの、利己的で自分勝手で、
自己中心的な意識や想念が、
木の枝を枯れさせてしまうのです。

木々や植物種という存在は、光合成を行なうことで、
私たちの活きるもととなる酸素を作ってくださいます。

また、私たちのネガティヴ想念などの
悪い気やエネルギーを吸ってくださるので、
それが多量であるほど、枯れてしまう原因となります。

彼らが吸い込んでくださる、
ネガティヴ・エネルギーが多量過ぎますと、
上手く循環することが出来ずに、
枯れていってしまうのです。

これは、私たち人間という生命体の種が、
ネガティヴ・エネルギーに支配され過ぎて、
落ち込んで塞ぎ込んでしまう、
鬱状態になってしまうのと、
何だか似ていないでしょうか。

神社で引いたおみくじは、そこに、
どんなに厳しい内容のメッセージが
書かれてあったとしても、真っ直ぐに、
魂で受け止める心構えが大切です。

そのおみくじは、家に持ち帰り、
もう必要がないと観じたら、
お炊き上げなどで燃やしましょう。


木々や植物種などは、精霊が宿る、
自然霊の仲間たちです。

私たちは、これらの仲間たちに対して、
あまりにも、敬意の念が無さ過ぎるでしょう。

いずれは、私たちのもっと多くの方々も、天使や妖精たち、
その他の高次元のスピリチュアル・ガイドたちと同様に、
木々や植物種たちとも、“内なる声”を通して、
直接に、コンタクトを取れるようになるでしょう。

そのようなことに、想いを巡らすことが出来るのであれば、
木々や植物種などの自然界の生き物たちも、
姿形こそ違えども、私たちと同じように、
意識や想念を持った生命体である
ということが分かるようになってきます。

地球と繋がる、地球とグラウンディングする、
ということが云われますが、
彼らと真に繋がることによっても、
地球という生命体と繋がり、
その声を聴くことが可能になるのです。

ですから、自然界に生息している、
木々や植物種たちは、単なる飾りや癒し、
憩いや森林浴のためだけにあるのではなく、
私たち生命体と同様な仲間であるのだということに、
私たちは、もっと、意識を傾ける必要があります。



“遺伝子の中の神々たち 答えを導け”

“生まれゆくものたちへ 久遠の翼つけて 空仰げよ”

Do As Infinity 『生まれゆくものたちへ』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 00:13| メッセージ | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

自分自身の中に限界を設定しない


3次元物質界という「この世界」で暮らしていますと、
それは有限からなる世界であるという想いが強く、
とかく、限界というものを設定して
しまいがちであるかもしれません。

しかし、私たちは、多次元的な存在です。

多次元的な存在であるということは、
限界がないということです。

つまり、私たちは、無限なる存在です。

ですから、限界というものは、幻に過ぎないのです。

限界というものは、むしろ、自分自身で、
わざわざ、設定しているようなものです。

例えば、不安や恐怖で、
心の中が満たされていますと、
もうダメなんじゃないかとか、もうこれ以上、
どうにもならないのではないかなどと、
思い込んでしまいます。

いわゆる、自分自身の周囲の、
四方八方が壁で蔽われているようで、
狭い箱の中に閉じ込められて、息苦しい観じがします。

そのときの状態は、心拍数も速く、
呼吸が非常に浅くなっています。

このような状態に身を置いていては、
どんな素晴らしいアイデアも浮かびません。

それは、直観や閃きを受ける状態とは、
対極に位置しています。

苦しいときの神頼みということで、仮に、
「観音経」や、その他の強力なマントラを唱えたとしても、
高次元のスピリチュアル・ガイドたちでさえ、すぐに、
私たちを、助けに来れないかもしれません。

つまり、自分自身で、ネガティヴなバリアを張っているので、
私たちに支援を送ろうと手伝ってくれる、
高次元のスピリチュアル・ガイドたちを、
自分自身の周りに、寄せ付けなくしています。

これらは、対極にあるネガティヴ・エネルギー
の中に置かれているわけですから、自分自身を、
反対側の側面に持っていく必要があります。

そのためには、深呼吸をして、呼吸を深い状態に持ってゆく、
心拍数をゆっくりな状態に落ち着かせることであり、
リラックスをするということは、何が何でも、
行なう必要があります。

私たちが、ほんの数秒でも、ゆとりを持ち、
安らぎ、寛ぐ感覚を持ったならば、
そのわずかな瞬間を狙って、
高次元のスピリチュアル・ガイドたちは、
私たちの心の中に、“内なる声”として、
何らかのヒントや解決策を送信することが出来ます。

それは、とても意外な方法や手段であるかもしれません。

そのとき、私たちは、何らかの結果が成就するまでの、
その途中経過について、躊躇してはいけない、
猜疑心で満たしてはいけないということが、
条件としてあります。

結果に辿り着くまでの、途中経過については、
高次元のスピリチュアル・ガイドたちの仕事であり、
宇宙の法則を働かせるための、宇宙の仕事です。

宇宙を信頼するということは、このときに、
非常に重要になってきます。

なぜならば、高次元のスピリチュアル・ガイドたちは、
最善なる希望をもたらす結果のみを観ているからです。

それは、高次元のスピリチュアル・ガイドたちからは、
過去-現在-未来が、すべて観えるからです。

ですから、私たちは、最善なる結果のみに
焦点を合わせる必要があるのであり、
その結果を成就させるためには、最善なる想いを、
保持し続けることが重要となります。

このカラクリを無視してしまいますと、
宇宙の法則が上手く働きません。

また、シンクロニシティという共時性を、
自らの手で、壊してしまうことになります。

つまり、本当はこうしたい!と想っているのに、
いや、そんなことは絶対にありえない…などと、
自分自身で、途中で、打ち消してしまっています。

このようなことも、
ネガティヴ・コントロールに陥っているが故に、
起こしがちであるということがありますから、
自分自身の思考状態を意識して、よくよく気をつけて、
自らの想いで、監視している必要があります。



“あなたの御声は すべて私に聴こえた
それは 私が得るに値するもの”

“理由を教えて この穴を埋めるために 空間との間を繋いで
充分に真実へと到達させよう 新たな分裂があっても乗り越えて”

LINKIN PARK 『New Divide』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 01:13| メッセージ | 更新情報をチェックする

2009年06月19日

ネガティヴ・コントロールから目を覚ましてください


相変わらず、イルミナティの情報に
振り回されている方は多いかもしれません。

他でも、伝えられているかもしれませんが、
念のために、このブログ上でもお伝えしておきます。

イルミナティについては、多くの誤解があり、
(フリーメーソンについても、いわゆる、
古代フリーメーソン派においては)、
これについても、他で書かれてあるかもしれませんが、
私も、古代グノーシス派の教えを尊重するために、
ここにお伝えしておきます。

イルミナティの本来の意味は、
“光輝くものたち”のことであり、
それは、地球内部世界「アガルタ」の中心地、
シャンバラのマスターたちのことであり、
つまり、大白色聖同胞団のことを指します。

(Kagariは、あきらめが悪いですから、
何度でも同じことを、根気良く、
お伝えさせて頂きたいと想います。
ただし、アセンション3秒前までかしらね★)

1年ぐらい前にも、申し上げましたが、
いわゆる、インターネット上で騒がれている、
イルミナティの悪性宇宙人種は、もうとっくに、
この地球上から離れています。

いま、現存している闇の残党勢力は、
闇の親分は、もうとっくに居なくなってしまったというのに、
ネガティヴ・コントロールから抜け出すことが出来ず、
自暴自棄になって、あがいている連中のことです。

ですから、闇の残党勢力と呼ばれます。

これらの情報に縛られている限り、
彼らのネガティヴ・コントロールから、
抜け出すことは、決して出来ません。

彼らのネガティヴ・コントロールは、
とにかく、私たちの不安や恐怖を
煽って来ることに必死です。

食糧危機が訪れると煽る問題も然りです。

彼らの情報に焦点を合わせて、
不安や恐怖を募らせている限り、
何の解決策も見出されません。

彼らは、少しでも、地球人類の目覚めを、
遅らせようと、無駄な努力と、
意地を張っているだけです。

聖書で云われるところの有名な、
「ヨハネの黙示録」で書かれている予言とは、
その大部分が、西暦2013年〜2020年の間に、
起こる確率が高いと云われているものです。

それは、3次元物質界という
「この世界」の延長線上にあって、
起こって来る可能性のある事象です。

「この世界」は、後方に、そして最下層に、
取り残されてゆく残像の世界です。

彼らのネガティヴ・コントロールに掛かったままで、
彼らの情報に縛られ続ける限り、そのような方々は、
「この世界」に、取り残されてゆきます。

それは、つまり、「ヨハネの黙示録」をそのままに、
その予言の通りに、体現して生きてしまう
ということになります。

それは例えば、占い情報をチェックしていて、
占いの通りに当たった!と思い込んでいるようなものです。

このようなことは、
自分自身の意思を他のものに委ねてしまい、
本当の自分自身を生きていない状態です。

運命は、時には、他者からの介入によって、
揺り動かされ、予想だにしない方向へと
辿り着くことがありますが、基本的には、
自分自身の意思で運んでゆくものであり、
それをすべて放棄してしまい、
他のものに依存しているのです。

そのようにならないためにも、
心と魂の浄化を、絶対に、
疎かにしてはいけないのです。

ですから、私たちは、少しでも高く、
意識と周波数を高めて上昇させていく
必要があるということをお伝えしております。

いま、この時期に、“36”や、“369”、“567”、
“666”、“999”などの「弥勒の世」を表す数字を、
意図的にではなく、さり気なく、そして、
頻繁に見せられるということがあるのであれば、それは、
5次元領域以上の高次元世界と「この世界」との、
両方の住人となっていることを告げるものです。

それは、いつでも、「この世界」を
離れる準備が出来たということであり、いつでも、
アセンション可能であるというサインです。

これは、私たちのこの時期においての、
最重要なサインであり、アセンションの移行過程です。

しかし、だからもう安心、という意味ではありません。

私たちは、この移行過程の最中においても、
更なる高みを目指して、霊性向上の道を学び、
励んでゆくことを必要とされています。

そして、「内なる神を見出す」という教えについて、
三位一体の教えについて、説かれていないものは、
すべて、ニセモノです。

もちろん、「内なる神を見出す」ために、
不安や恐怖を掻きたてられて、
多額のお金を要求されたり、
おかしなマインド・コントロールを
掛けられたりするようなものは、
ハッキリと申し上げますが、ニセモノです。

ここが、正念場です。

私たちは、最善なる思考のもとに、
直観と閃きとをよく見逃さずに、
全力を尽くし続けましょう。



“いまとなっては あなたは知っているはず
わたしは あなたのためにやって来るだろう
あなた以外の誰のもとでもなく
そう わたしは あなたのためにやって来るだろう

あなたが わたしに打ち明けてくれるなら
わたしは あなたのために奮闘するだろう
それは 嘘ではなく本当のことなんだ
あなたのために わたしの生命を捧げよう
あなたは知っているはず わたしが
あなたのためにやって来るであろうことを”

NICKELBACK 『I'D COME FOR YOU』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 00:13| メッセージ | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

水の神たちは、雨とともにやって来る


雨が嫌い、という方はいらっしゃるかもしれません。

時に、梅雨の時期は、ジメジメしていて、
生ものや生野菜やパンなどは、放っておくと、
すぐに、カビが生えて来てしまいます。

梅雨の時期の天候は不安定なので、
天気予報を見ながら、昼間晴れていても、
夕方から雨が降るなどというときには、
折り畳み傘を持参しつつ、
神社礼拝に周ることがあります。

基本的には、神社礼拝は、
晴れた日に周りたいので、雨が降るのが、
夕方以降なら、まぁ、いいかと想い、
晴れているうちに周るということがあります。

しかし、大雨が降ると分かっている日は、
なるべく避けていて、降っても小雨、弱雨なら、
ということで、礼拝に周るのですが、
天気予報に反して、突然、大雨が降ることがあります。

特に、このような時期には、幾たびもあります。

(いえ、Kagariは、決して雨男なつもりはないですけど…)

私は、東京23区内なら、
自転車で礼拝に周るのですが、
さすがに自転車で折り畳み傘では、
大雨が降ったときは、びしょ濡れです。

そんなときに、自転車を乗りながら、
いつも想うことは、

“あれ、何処の社のスイッチを押して来たがために、
この予想外の大雨が降って来たのかなぁ?”

“あそこの弁財天さんの社に立ち寄ったからかなぁ?”

“○○神社の末社の中に、
水の神を祀っていたからかな?”

などと、あれこれ、思考を巡らせてみます。

私は、びしょびしょに濡れて、
自転車を走らせながらも想うことは、
「恵みの雨が降って来た!」という想いです。

普通の方は、こんなとき、
びしょびしょに濡れてしまって、
嫌な想いをしてしまうのかもしれません。

しかし、あちこち、神社礼拝をして周った結果の、
その大雨なので、これは、
「恵みの雨」に違いないのです。

肉体を持たない彼ら彼女ら、
特に、水の神々という存在たちは、
肉体を持っている私たち人間の感覚が、
分からないということがあるでしょう。

彼ら彼女らが表す、喜びの表現というものは、
私たち人間の肉体的感覚を無視することがあります。

というよりも、そんなことはお構いなしであるかもしれません。

それよりも、彼ら彼女らの喜びの想いを、
ダイレクトに、魂にぶつけて来るという感覚です。

高次元のスピリチュアル・ガイドたちは、
「肉体を救うよりも、魂を救うほうを最優先させる」
ということを書いたことがありますが、
それはまさに、その通りであり、
彼ら彼女らとの交流とは、
魂同士の交流であるからです。

ですから、神社礼拝の最中に、もしくは、
その後に、雨が降って来たというのは、
彼ら彼女らの喜びの表現であることが多く、

“あなたを祝福していますよ、どうもありがとう!”

という想いが、多分に込められているはずです。


ここ1年近く、毎度のように想うことがあります。
家の中に居て、大雨が降って来たときには、
雨の中から、幾人、幾柱もの水の神たちの足音が、
ヒタヒタと忍び寄って来るのが、霊聴として、
聴こえて来ます。

そして、彼ら彼女らは、このように伝えて来るのです。

“あのときは、礼拝に来てくれてありがとうね…”

“今度、○○の場所にも来てね…”

“わたしたちのところにも…、ね…”

(いえ、Kagariは、決して、
怖いお話をしているつもりはないですけど…)



“このひとときと
この瞬間をつかまえていたい”

倉木麻衣 さんが唄う 『Beautiful』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 23:55| メッセージ | 更新情報をチェックする

2009年06月17日

地球を救うことは、私たち自身を救うこと


地球と、私たち地球人類とは、
運命共同体です。

地球のみを救うということ、もしくは、
そこに住む人間という生命体のみを救う
という発想は、本末転倒です。

太古から、先人たちは、いつも、
「自然と共存出来なければ人類は滅びる」
と云われてきました。

地球が滅びるということは、同時に、
そこに住む生命体も滅びるということです。

それでは、地球人類という生命体が滅びるということは、
同時に、地球が滅びるということに繋がるでしょうか。

地球を散々というほど、汚染し尽くした、
諸悪の根源は地球人類であるから、
地球人類が滅びれば、地球は助かるだろう
という意見を持つ方もいらっしゃるでしょう。

しかし、地球人類という生命体の居なくなった
地球という惑星は、いったい、何のために、
存在し続ける理由があるでしょうか。

生命体の居なくなった地球。

それは、宇宙空間に浮かんだ、
単なる巨大な石ころのようです。

ですが、地球には、私たち生命体と同じように、
意識というものがあり、生き続けています。

その、意識生命体としての地球であるのなら、
地球にとって、生き続ける目的や意義とは何か。

宇宙の進化であることは言うにも及ばず、
新しい宇宙領域へ向かって、
進化をしようとする後継者を育てる、
子供たちを育み続けることではないでしょうか。

このような理由が無ければ、
地球は生き続けることの、その目的と意義とを、
見失ってしまうでしょう。

そして、あるとき、地球は、本当に、
その意識生命体としての活動を終えてしまうでしょう。

そのような意味において、
人間あっての地球であるということを
忘れないでください。

地球人類が、ここに居てこその、
地球という存在があるのです。

地球人類の多くは、一部の方々を除いては、
いずれは、ここから巣立っていく必要があります。

地球は、いずれは、多くの地球人類を、
ここから、送り出してゆく必要があります。

このように、地球と、私たち地球人類とは、
切っても切れない、親子の関係です。

ですから、地球と、私たち地球人類とは、
運命共同体です。

地球を救うことは、取りも直さず、
私たち自身を救うことであり、
自分自身を救うことに他ならないのです。

そのようなことであれば、逆もまた真なりであり、
自分自身を救うことは、運命共同体である、
私たち自身を救うのであり、それと同時に、
地球自身を救うことになります。



“ともに
Wake up and Take my hands
粋な運命と Shake Hands
Next stage まであと少し”

“探してみて この心に眠ってる Switch を
ほら 見えない力となって動き出す”

mihimaru GT 『Switch』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 00:13| メッセージ | 更新情報をチェックする