2009年06月11日

御祭神に「呼ばれる」ときに見せられるサイン


先日のお話は、感覚的なことについてですが、
今回のお話は、「呼ばれた」ときのサインについてです。

何処かの御祭神の神社に「呼ばれて」、
その場所に辿り着くまでの道程に置かれる、
サインを見逃さないでください。

私はかなり前に、天使からのサインとして、
“444”の数字の並びや、
天使の羽根が置かれることを、
書いたことがあります。

この場合の、“444”という数字にこだわってしまいますと、
“444”という数字を強く意識し過ぎてしまう
ということがありますので、かえって、
その数字を引き寄せてしまうことがあります。

自分自身で意識して、引き寄せて、
その数字を見るのでは、
「呼ばれた」ときのサインを、
見せられるという感覚とは異なってきます。

自動車のナンバー・プレートは、
自分で選べることから、その確率は低くなっている、
というお話しを何処かで聴いたことがあります。

そのようなことであれば、ここでは、あまり、
特定任意の数字を、強く意識しないということが大切です。

もっと、気持ちを楽にして、
何かに強く意識するような想い、
こだわりや、強い執着心を手放すということです。

そのようにしますと、そのときに見せられる数字が、
“444”ではないかもしれませんが、“555”や“777”、
それ以外の、“あなたは「順調」な道や宇宙の流れにいます”
という数字を見せられるかもしれません。

また、“あなたは弥勒の世の中に存在しています”
もしくは、“あなたは弥勒の世に足を踏み入れています”
“3次元領域と弥勒の世の両方の住人として存在しています”
というサインとして、“36”や、“369”、“666”、“567”、
“999”という数字であるかもしれません。

これらの数字の読み解き方として、
ドリーン・ヴァーチュー博士著『エンジェル・ナンバー』
も参考にしてください。

ドランヴァロ・メルキゼデク著『サーペント・オブ・ライト』の、
P141〜143も、参考になるかもしれません。

そのような数字は、
自動車のナンバー・プレートだけとは限らず、
道路の脇に掲げられている看板の中の数字であったり、
電柱に掲示されている数字であったりするかもしれません。

それらは、意識して探して見るという観じではなく、
さり気なく視線を傾けた方向にあった、
という感覚で見せられるものです。

天使の羽根が落ちていたというサインについても、
天使というと、白い羽根を思い浮かべてしまうかもしれません。

しかし、何処かの神社の御祭神に
「呼ばれた」というときに、それは、
その御祭神の遣いとしての鳥や生き物
ということが重要になります。

これについては、私のブログの中の、
「神々からの遣いとしての生き物」を、
参考にしてください。

私の場合は、上からの指示系統が、
(もしくは、地球内部世界「アガルタ」からも)
「カラス」に関連していますので、
「カラス」の羽根で見せられることが多くあります。

これも、「カラス」の羽根を、
意識して探して見つけるという状態ではなく、
さり気なく視線を傾けた方向に落ちていた、
という状態で見せられます。

ある御祭神の神社に「呼ばれて」、
その場所に向かう道すがらに見つけるサインは、
このようにして、さり気なく見せられます。



“忘れないでください 未来への切符を受け取って
それぞれの列車で 旅立っているから”

“巡り逢う 愛の記憶を 優しさに変えて”

“優しさは プレゼント 心から ありがとう”

MISIA さんが唄う 『銀河』 のPVです。

posted by Kagari ∞ Kazuki at 00:13| メッセージ | 更新情報をチェックする