2009年06月15日
「呼ばれる」ときのサインは、動物を遣うこともある
先日の記事や、それ以前に書かれた記事と、
多少、かぶる箇所があるかもしれません。
このようなサインは、繰り返し起きる、
つまり、検証可能であるという意味を
含めて書かれています。
東京都の高尾山は、フランスのミシュラン・ガイドに
紹介されてから、まるで、遊園地のように
ごった返しています。
霊山としては、ちょっと、困りものかもしれません。
そのようなこともあり、私が高尾山に登るときは、
土日祝日を外して、必ず、平日に登ります。
先週の平日に、しばらくぶりに、
高尾山に登りました。
平日だというのに、それでも登山客が多く、
精霊たちも、奥のほうに隠れてしまっています。
神社の拝殿を面前にして、自分自身から観て、
拝殿の左側のラインに鳥が止まったとき、
そこに、御祭神、もしくは、守護天使、
身近なスピリチュアル・ガイドがいることを
示すサインであると書いたことがあります。
高尾山薬王院の、ご本社の左側にあります、
天狗社で、礼拝したときのことです。
「観音経」を唱えていて、私が唱え終わったのを
確認するかのように、天狗社の左側から、
1羽のカラスが、バサッと飛び立ちました。
私は最初、そこにカラスが止まっていたことに、
気がつかなかったのですが、バサッと飛び立つ音がして、
カラスの存在に気がつきました。
高尾山を、奥高尾のほうに入っていって、
下山していきますと、弁財天さんが
祀られている場所があります。
しかし、単なる弁財天さんの社というよりも、
大明神として祀られていますので、
自然霊としての大蛇を祀っているのかな
と想っていました。
それは、ちょっと観た感じでは分かりにくい場所にあって、
この社目的でなければ、見逃してしまうかもしれません。
その弁財天社へよじ登っていきますと、
鳥居の前で、2匹の猫が、私を見下ろしていました。
私は鳥居をくぐるために、登っていきましたので、
2匹の猫は、右側へ避けましたが、その猫の表情には、
どこか、警戒心があるようで、私を怪訝に見つめていました。
私は、この大明神の面前で、「観音経」を唱えましたが、
唱え終わって、ふと、何となく、後ろを振り返ってみると、
その猫が2匹とも、スフィンクスのような姿勢で座り、
私をジッと見上げていました。
私も猫も、お互いに不動のまま、
数秒間、そのまま過ごしました。
私は鳥居をくぐり、ここを立ち去ろうとすると、
2匹の猫は、また、脇に避けました。
私が、その猫の表情を覗いてみると、
警戒心は一切、無くなっていました。
気のせいか、猫の表情に、睨みつけるような厳しさから、
無邪気さに変化しているようでした。
私はそのとき、そこの大明神が、
猫に化けて(もしくは、乗り移って)、
様子を窺っていたのだと観じました。
これらのように、神社の拝殿の近くに現れる動物は、
そこの御祭神たちの魂を宿して姿を現す、
もしくは、そばにいることを伝えるために、
動物を遣いに出すということがあります。
“走り出せ
涙が出るなら まだ未来は
そう遠くない 追いつける 信じて!”
“走り出せ
底まで落ちたら はい上がればいい
ここが終わりじゃない 負けないで”
西野名菜 さんが唄う 『Break away』 のPVです。
posted by Kagari ∞ Kazuki at 00:33| メッセージ
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