2008年08月14日
水による浄化が加速する
私はいつもにも増して、意識をクリアに、
純粋に保つことを心掛けて、
スピリチュアル・ガイドたちの声に、
従順に従っていました。
それは、神社参拝においても、
普段とは異なる感覚としてやって来ました。
例えば、今回の先祖に関わる参拝地では、
普通は、その神社の神気というエネルギーの感覚は、
神社の本殿の手前の鳥居をくぐってから、
ざわざわっと鳥肌が立ち、涼しさを伴う感覚として観じるものでした。
しかし、それらの参拝地では、
そのスポットが前方に観えてきたと想ったところから、
それはまだ、だいぶ距離が離れていましたが、
そこから、鳥肌と共に涼しいエネルギーがやってくるのです。
それは、参拝地に誘われ、歓迎されるかのように、
少し手前からレッド・カーペットを敷かれているかのようでした。
この感覚は、先祖に関わる参拝地に行くたびに、
毎回、起こることになります。
瀬織津姫さんをひそかに祀る縄文エネルギーの聖地参拝から数日経ち、
1ヶ月ほど前に呼ばれた吉祥寺の弁財天さんに、
また呼び出されまして、次の参拝地に行く前に、
わたしのところに立ち寄ってほしい、ということでした。
その時点で、次に行く場所があることなど知る由もありませんでしたが、
それは後日に知ることになりました。
これ以降、前回からの3人での参拝が続くことになりましたが、
そのうちのひとりの方に関連して、ひらめいたスポットが持ち上がってきました。
そこは、数字の8が入る地名であり、
みるみるうちにまた、そこに行かざるを得ない衝動に駆られます。
世の中には、興味本位、面白半分な気持ちで、
スピリチュアル・ごっこ、パワー・スポット巡りごっこ、
神社参拝ごっこをされている方もいるかと想われます。
しかし、これはとても危険をはらんだ行為であり、
自殺行為に等しい要因を引き起こします。
多くの稲荷信仰と同様に、いえ、もしかしたらそれ以上に、
生命を取られる、生命を奪われる、魔界へ連れていかれる
危険性の高さです。
かなり物騒なことを言うようで申し訳ございませんが、
それは、100%とは言わないまでも、95〜98%ぐらいの確率の危険性です。
要は、神社だからといっても、何でもかんでも、
闇雲に立ち寄らないことで、少しでも嫌な観じ、気味が悪い観じ、
違和感、嫌悪感などが観じられるようでしたら、
そのような神社へは参拝に行かないほうが無難でしょう。
ましてや、そのような場所でお願い事をするなどもってのほかでしょう。
新年の初めには、このときとばかりに
初詣に行かれる方も大勢いらっしゃいます。
しかし、ひとつ疑問に想ったことはないでしょうか。
新年早々、初詣帰りに自動車事故に合って家族全員お亡くなりになったり
などというニュースが多々あることを。
その代表的な例として挙げられますのは、
成田山新勝寺と神田明神です。
これは密教の世界では有名な話ですので、
ご存知の方もいらっしゃるはずです。
この二つの関係性について、
成田山新勝寺は平将門さんを呪詛するための場所、
神田明神は平将門さんを封印して祟りを鎮めるための場所
と云われています。
つまり、この二つの場所に参拝し、
お願い事をするということは如何なることでしょうか。
少々、大袈裟な表現をするならば、
魔界の永遠循環のループに囚われて、
逃れられなくなるということです。
その結果どうなるかは、これ以上はもう
申し上げる必要はないでしょう。
つまり、スピリチュアルな世界は、
興味本位、面白半分な気持ちでは
立入禁止ですよ、という但書きがあるのです。
しかし、この成田山新勝寺と神田明神の話については、
それさえもが表向きの事情であり、さらに裏に隠された事情があります。
それはここでは明かすことの出来ない“秘中の秘”ですが、
いずれ、何処かの大先達の手によって、
封印が解かれるでしょう。
吉祥寺の弁財天さんに立ち寄った後日、
数字の8が地名に入る参拝地へ向かいました。
そこにも、弁財天さんがいらっしゃいますが、
その前に一箇所、どうしても立ち寄らなければならない参拝地がありました。
そこは確かに、参拝地の少し手前から、
霊的なレッド・カーペットが敷かれていたからです。
案の定、ビックリ箱の蓋を開けてしまい、
とんでもない邪なものが飛び出してきてしまいました。
それは、遥か遠い太古の時代に、
太陽系外からやって来て、盲目な地球人類によって、
神として祀り上げられた、名も無き邪悪な宇宙存在でした。
いまで云えば、イルミナティの邪悪な宇宙存在みたいなものです。
この宇宙存在を解き放った嵐はすさまじく、冷や汗ものでした。
その内容について、ここでは申し上げられませんが、
最終的には、瀬織津姫さんによって浄化され、
天上界に捕らえられました。
しばらくしてから、想い出しました。
なぜ、吉祥寺の弁財天さんが、
「先にわたしのところに立ち寄ってほしい」
と言ったのかを。
それは、弁財天さん同士で挟み撃ちをして、浄化してしまうためでした。
つまり、私の先祖供養の過程において、
どうしても浄化してしまわなければならない存在もいて、
それは、地球の周波数上昇中の最中においても、
これ以上は封印してはおけず、解き放ってしまわなければならない、
そのためには、人間を媒介として、これを行なわなければならなかった、
と瀬織津姫さんは言っています。
それはつまり、地球を、水の浄化で加速させるためでした。
この1-2年近くの間、食品偽装問題や、
消費期限詐称など、隠された疑惑問題の浮上が多々ありました。
これらは、先人の方々が表で、瀬織津姫さんの復活を
進めてくださっていたことの結果であり、裏を返せば、
水による浄化が進んでいる結果でした。
今回、この隠された裏の仕事をお手伝いさせて頂いていることで、
水の浄化が幾何級数的に加速してゆくでしょう。
瀬織津姫さんはこのことについて、
「情け容赦一切なし」と言っています。
恐るべき女神であります。
“私の立場を固守し 屈服しないでしょう”
“より強くなり より接近し 私の世界へ入ってゆく”
オランダ出身のバンド、Within Temptation 『Stand My Ground』 のPVです。
2008年08月13日
水瓶座の時代に向けての短期間で、幾何級数的な変容を促される
先日取り上げました本『瀬織津姫物語』 では、
瀬織津姫 = マグダラのマリア
と完全に言い切っているようです。
私は、もうちょっと様子を観てみようというところです。
私の直観は間違いなくそうだと言い切っています。
しかし、私の中で、何か有無を言わせぬ
決定打がほしいと想ったのです。
ただ、あまりにもよく似ているなと。
私は当初、マグダラのマリアさんに馴染みがありました。
夢の中に、『マグダラの書』(ナチュラルスピリット刊)
が出てきたことがあります。
行ったこともないような、ショッピング・モールの中の一角に、
書店があり、そこで、この本を手に取るのです。
本をパラパラ捲っていますと、文字情報ではなく、
色や記号がたくさん書かれてあり、その色が、
紫色に近い濃いブルーでした。
その後、実際に『マグダラの書』を購入して読むことになりました。
その、ほぼ決定打でしょうという部分は、
後ほど書かれると想われます。
ですから、私の中でもすでに、
瀬織津姫 = マグダラのマリア で同一神です。
しかし、『瀬織津姫物語』 の著者と同様に、
どうやら、私もこの瀬織津姫さんに
魅入られてしまったようです。
畏怖すべき女神でありながら、
母親、妻、恋人、親友、姉妹…というような
あらゆる女性的な側面を出してくるからです。
あーあ、とうとうKagariも、頭がいかれちゃったのかしら…
と言われてしまいそうですが、
盲目に陶酔してしまいそうなところを自問自答しながら、
なんとか、自分自身の中心軸に意識を保とうと努めたところ、
その答えも観えてきました。
この恍惚感とも云えるような陶酔感は、
水瓶座の時代の女性性意識へと強く、さらに強く、
意識を引き上げようとしているようです。
おそらく、今後ますます、
瀬織津姫さんに魅了される方が急増するでしょう。
それは、意識と周波数の上昇と変容を強く促される、
という意味です。
神理の道を突き進んでいる方にとっては優しく、
そうでない方には厳しく、あるいは、
鬼のような存在に映るかもしれません。
それは、今回突然に、隠された裏のある作業を
お手伝いさせて頂くことになった流れから
特に、強く観じることでした。
“人生の砂流に私たちは引きずり込まれる 円の中へと”
オランダ出身のバンド、The Gathering 『Eleanor』 のPVです。(※動画なし)
2008年08月12日
瀬織津姫の化身として現れた「黒いアゲハチョウ」
昨日の話の続きの前に、
この2日間の話に時間軸を進めます。
突然、何かに突き動かされるように、
私が住んでいる近くにある、
主だった神社を片っ端から参拝に回りました。
その存在を知っていながらも、
いつも横目で素通りするだけだったりの神社が
急に意識上にクローズ・アップされてきたからです。
その中のひとつの神社は、
その日に回った神社の中で一番、
拍手を打つ音の響きがすばらしく澄み切っていたのです。
その本殿に向かうまでの参道で、
左側の茂みからフワッと、大きな黒いアゲハチョウが、
私を囲むように舞い上がってきたのです。
そのことがあまりにも印象的でしたので、
帰宅してから、その神社について調べましたら、
末社に瀬織津姫さんの名前があったのです。
しかし、その日は、末社に瀬織津姫さんを
祀っていることを知りませんでしたので、
末社には参拝していませんでした。
ですので、後日、改めてその末社のみに参拝に行きました。
やはり、眉間のチャクラあたりに、スカイ・ブルーの玉が浮かぶのです。
参拝後、その末社から離れようとしますと、
その付近の茂みから、前日と同じような大きな黒いアゲハチョウが
私に向かって舞い上がってきたのです。
それを観て、迷わずに本屋に行かなければという気持ちになり、
書店に向かいました。
私はこの日、書店で目が点になりました。
『瀬織津姫物語』 山水治夫著 評言社
という本に出会ったからです。
この本はまだ8月8日に出たばかりなようで、
その共時性は素晴らしいなと想いまして、
何冊かの気になる本と一緒に即買いでした。
そして、その日のうちに、一気に読上げ、
読後、しばらく、その余韻に浸っていますと、
瀬織津姫さんが「わたしのことをもっとよく想い出してほしい」
という遠くて近いような声を観じました。
彼女は大変に畏怖すべき存在でありながら、
ものすごく女性的な側面を出してくる方で、
彼女をひっそりと祀る聖地に参拝に行く前にも、
「あなたね、ひまわり銀河よりも先に、まず、わたしのことを想い出しましょう」
と強く訴えてくる声を観じました。
この本を読み終えて想いましたのは、
この著者は、瀬織津姫さんに対しての
魅せられ方が半端ではない状態で、
彼女を祀る神社を、日本全国津々浦々まで回っています。
それは、瀬織津姫さんと著者との関係性を観ますと、
納得できることです。
そうしますと、瀬織津姫さんのエネルギーは、
すでに8-9割がたは復活していたということになります。
しかし、残り約1割が復活していなかったが故に、
完全復活ではなかった、つまり、それは裏の隠されたある作業だと。
表のある作業は、この著者(他にも何人かいらっしゃるでしょう)が、
行なっていたのでしょう。
それはおそらく、ここ1−2年の間の話です。
裏の隠されたある作業について、声高に公表しないでほしいという
天上界からのお達しがありますので、もし、
この著者がすでにご存知だったとしても公表を差し控えるでしょう。
実際のところ、本には、裏の隠されたある作業に関するスポットは、
ひとつも紹介されていません。
著者の情報はネットにもありますが、ここにも紹介されていませんでした。
つまり、この著者は、瀬織津姫さんの表のある作業の役割なのでしょう。
ある作業って、何のことやらさっぱりわからないかもしれませんが、
これは、私にとっては、あくまでも、先祖供養の参拝行脚です。
Mariah Carey さんが唄う 『Butterfly』 のPVです。
2008年08月11日
ヘリアカル・ライジング 瀬織津姫の完全復活
瀬織津姫さんを観て浮かんで来るキーワードは、
「暗黒の女王」。
そのことについて、彼女は、フフフ…と静かに笑います…
誤解をして頂きたくないのは、
暗黒=恐怖 という意味ではないです。
深い暗闇の淵から這い上がってきた女王。
その深い暗闇を知っているが故に、光のパワーは強大です。
光のパワーが強大過ぎて、畏怖すべき姫君であります。
瀬織津姫さんが隠されてきた理由については、
闇存在が支配する世界には都合が悪かったからで、
いま、闇存在の支配が一掃されつつある中で、
晴れて復活することになりました。
それは、地球の新しい世界、
水瓶座の時代の女性性意識をより高く覚醒させるためでしょう。
そういった意味では、富士神界を守る、
木花咲耶姫さんのエネルギー体とも似ていますが、
木花咲耶姫さんはプレアデス系です。
まさに、隠された秘密が暴かれる、
表に浮かび上がってくる時代の到来です。
彼女は完全なる復活を果たすために、それを補うために、
人間を媒介としたパワーが必要だったと言います。
そのためには、太陽神の根源的なルーツを持つ超古代文明、
猟犬座のM63、通称「ひまわり銀河」からの転生ルートから入ってきた
3人のエネルギーが必要だったと。
それを表すかのように、彼女を祀るシンボルには、
「三つ巴」があります。
『知の起源 文明はシリウスから来た
(原題:THE SIRIUS MYSTERY)』ロバート・テンプル著によりますと、
シリウスは、ドゥアト(黄泉の国)で70日間を過ごした後、
太陽にわずかに先んじて地平線から上昇します。
これは、1年に1度だけ発生する現象で、
「ヘリアカル・ライジング(太陽と同時の上昇)」
と呼ばれるといいます。
シリウスから来た瀬織津姫さんは、
このヘリアカル・ライジングの暗喩的な象徴であり、シグナルです。
このシリウスからやって来た女神を、
ひっそりと祀る聖地は、縄文エネルギーの中で
隠し包まれていました。
つまり、縄文人は彼女を水の神として
古代から祀ってきたのです。
その、かつては洞窟があったであろう奥の院の前で、
静かに座り込み、手を合わせ、目をつむりますと、
眉間のチャクラのあたりに、直径7-8cm大の
スカイ・ブルーの玉が浮かびます。
この縄文人は、遡りますと、古代マヤ文明に繋がり、
さらに遡りますと、あの伝説のムー文明にまで繋がってゆきます。
ムー文明は、別名をレムリアともいい、
太平洋に存在したシリウス人種の入植地だったそうです。
アトランティス文明とは姉妹国として知られ、
農耕文化を主体とした、太陽信仰の霊性文明でした。
このことから、なぜ、古代の縄文人が、
シリウスから来た女神を祀っているのかが観えてきます。
そのシリウスから来た女神が復活するということは、
ムー文明 = 真なる太陽信仰の復活 を意味するでしょう。
同じく『知の起源』からの引用によりますと、
エジプト文明は、ヘリアカル・ライジングの起こる日を基準とする
「ソティス暦」を使用していたといいます。
ソティス(Sothis)とは、シリウスを意味する古代エジプト語「Spdt」を
ギリシャ語で表記したものだといいます。
エジプト文明においても、シリウスの女神イシスさんの背後に
隠された女神の存在がありました。
つまり、瀬織津姫 = シリウスの隠された女神ソティス
と同一神だったのです。
瀬織津姫さん あなたはわたしの霊的な
遠くて それでいて近い ご先祖でした
わたしたちは当初 半信半疑でした
この地球上の こんなに身近な場所に
あなたが降りてきていたのだということを
「灯台下暗し」とは まさにこのことです
はるばるこの地球上でまた再会できましたことに
万感胸に迫る想いで 目頭が自然と熱くなります
今日という日まで あなたさまに気づけなかった
わたしの不遜を どうか お許しください
誠に申し訳ございませんでした
また この事実に気づかせていただくために
今日という日まで わたしを生かし続けさせて頂けたことの意味を
心に 魂に 深く刻み込みます
あなたさまの復活する 最重要な局面に立ち会えましたことを
心より 魂の底から感謝の意を表します
どうもありがとうございます
“夢物語逃げ遅れたのは誰? おとぎの国の幻を見たの”
Cocco さんが唄う 『星に願いを』 のPVです。
2008年08月09日
隠された女神
「4羽のカラス」のシグナルの意味については、
後ほどの機会にお伝えさせて頂けるかもしれません。
前回の参拝の後、瀬織津姫(せおりつひめ)さんについて、
まず最初にわかったことは、「秀真政伝記(ホツマツタヱ)」
という古文書による記述と、キリスト教の真なる教え、
グノーシス派の秘儀との一致です。
青森県三戸郡新郷村大字戸来には、
イエス・キリストさんの墓があります。
これは地名の、戸来(へらい)=ヘブライ
からもその名残りが観られます。
天照皇大神 = イエス・キリスト で同一神、
もしくは、同等のエネルギー体ということが云えます。
キリスト教社会では、イエス・キリストさんを唯一神として、
神格化させるために、彼の妻であるマグダラのマリアさんを、
忌むべき存在として、その史実から抹消してきました。
瀬織津姫さんは、歴史の表舞台から抹消されてしまった、
隠された女神なのだということで、マグダラのマリアさんと
非常によく似ています。
しかし、ここでは、
瀬織津姫 = マグダラのマリア で同一神だとはしません。
彼女たちのエネルギー体と、史実から隠された理由とが
非常によく似通っているという事実です。
色で表しますと、紫色に近い濃いブルー
というところでしょうか。
そして、ここでハッとなり直観しました。
24日未明に起きた「宮城沿岸北部地震」は、
隠された女神である瀬織津姫さんの封印を解くためだったのだと。
それを物語るかのように、翌日のニュースでは、
「余震の恐れなし(時事通信)」というものでした。
果たして、隠された瀬織津姫さんのエネルギーは、
完全に解かれたのでしょうか。
そこで、ある知人から“謎解き”メールの第2報が入りました。
瀬織津姫さんを隠すために、その名前までも変えて、
ひっそりと彼女を祀る究極の聖地がありますという。
それは、東京と隣り合う近県にありました。
前回に参拝したエネルギー・スポットで、
真っ白な大蛇を何匹も目撃していました。
この真っ白な大蛇はいったいなんでしょう??
と想っていたら、それは、どうやら、
そのひっそりと瀬織津姫さんを祀る聖地
からやって来たものでした。
そして、私はその場所に導かれることになりましたが、
ある知人はもうひとりを含めて、3人で行きましょうということになりました。
この3人というのはお互いに、
魂の遥か遠い起源からの同胞でした。
つまり、この3人でその聖地に行くことが重要でした。
それは、この3人でなければ封印を解けなかったからです。
私たちは、彼女の封印を解くために、シリウス魔術を用いました。
これは、悪魔的な儀式や呪術ではなく、シリウスの宇宙科学です。
なぜ、そこまでして、瀬織津姫さんの封印を解かなければならないのでしょう。
それは、水瓶座の時代の女性性意識を増大させることと、
真なる太陽信仰を復活させるための一助、
お手伝いに参加させて頂いてのことです。
私は、何かとても荒唐無稽で大それたことを書いているでしょうか。
いえ、これは私にとっては非常に現実的で
重要なことでありまして、大規模な先祖供養の始まりなのです。
★余談ですが、昨晩の北京オリンピック開会式において、
23番目に入場した日本の、一つ手前の22番目に入場したのは、
イスラエルでした。
イスラエルの国旗には、六芒星がシンボルとしてあります。
六芒星は水と火を表し、人間の物質性、霊性という二重のシンボルです。
これにより、日本とイスラエルとの古代ユダヤ民族としての繋がりと、
霊性進化の覚醒を促進させる、高らかな宣言をしたと云えるでしょうか。
“だからどうか 叫び続けて 遥か彼方の私へと
もう崩れ落ちはしない 生きなければいけない 沈み続ける訳にはいかない”
EVANESCENCE 『GOING UNDER』 のPVです。
2008年08月08日
「4羽のカラス」のシグナル 再び
今回の話は、何回かに分けてお話ししますが、
天上界からのお達しにより、詳細な地名などを
明かすことが出来ない旨、ご了承頂きたいと想います。
では、なぜ、記事として書くのかと申しますと、
「心と魂の浄化」についてと、先祖供養について
のヒントとして書かれるものであります。
先月7月25日、マヤ暦で云うところの、
「時間をはずした日」ですが、
ある知人から“謎解き”のようなメールが来ました。
その内容によりますと、
古事記、日本書紀よりも古いものとして、
「秀真政伝記(ホツマツタヱ)」という古文書があります。
この中に、男神である天照皇大神さんの后神として、
瀬織津姫さんの名前があるといいます。
しかし、それがいつしか、
瀬織津姫さんの名前が史実から抹消され
天照皇大神さんは女神の存在に置き換えられている
というものです。
先週、24日未明に起きた「宮城沿岸北部地震」について
関係がありそうだとのことでした。
しかし、私にとって、一番のキーワードとなったのが下記で、
瀬織津姫 = 水・桜を司る女神
= 彼女を祀る神社が、岩手県内に23社
つまり、この方は、シリウスから来た女神
ではないかと気がついたわけです。
しかし、シリウスから来たというからには、
古代エジプト神、もしくは、ヒンドゥー神の誰かと
同一神であるはずだと想いましたが、このときはまだ、
検討がつきませんでした。
そして、この瀬織津姫さんを祀っているエネルギー・スポットが、
東京都内にもあることが判明し、そこは文字通り、
桜という文字が入る駅の近くにありました。
いま、東京は、シリウスからのエネルギーによって守られています。
ですから、東京からでも岩手地方に、
エネルギーの世界から直接繋がるはずだと想いました。
そう想ったら、居ても立ってもいられなくなり、
この日、すぐに参拝に出掛けることになりました。
その駅に着いてみますと、まずは、
観たことのないような鮮やかな黄色の大きいアゲハチョウに
瀬織津姫さんを祀られているエネルギー・スポット近辺まで先達されました。
つまり、目的地まで辿り着くのに、
地図などで場所を確認する必要がなかったのです。
そのエネルギー・スポットに着きますと、
入り口の周りを囲むように、
また、「4羽のカラス」の登場です。
彼らの中を通り抜けると、これも前回と同様に、
1羽だけが鳴きました。
前回もそうですが、まるで鳩のようにして、
静かにそこにいます。
その「4羽のカラス」が、静かに佇んで待っている
というのが不思議でならないのです。
参拝が終わりますと、「4羽のカラス」は居なくなりました。
その他にも付近には、カラスは1羽も見当たりませんでした。
★余談ですが、北京オリンピック開会式での
日本の入場順番は、23番目です。
“奇跡の予感を観じる しっかりした言葉で”
“初めに未来ありき 未来は手の中にある
アフリカの声をあげ 計画のリズムを刻もう”
“コンゴからリネイジアまで 啓示を無視してはならない
インドの印に耳を傾け アジアの生き方の開花に目を見張る”
“中国のドラゴンを呼び ナイルのダンサーたちを観る
変革の翼をこの目で観るのさ この啓示を体で受け止めるんだ”
“ヘッドライトに向かって進み 雨が降っても たじろいではいけない”
YES 『The Calling』 のPVです。
2008年08月07日
『エメラルド・タブレット』の名前の意味
現存する地球最古の古文書『エメラルド・タブレット』
の名称について、語られることはあまりないと想われます。
霞ヶ関書房から出ている翻訳本の
M・ドーリル博士からの解説にも特に言及されていません。
“エメラルドの書写板”ということで、
なぜ、エメラルド色なのか、ということについてです。
私たちが普段見上げている太陽の色は、オレンジ色です。
これは、裏太陽の色です。
それはなぜかと申しますと、
この物質界は裏の世界です。
表の世界は、霊的な世界、
高次元領域世界のほうになります。
この高次元領域からの、
表の世界から太陽を観ますと緑色です。
表太陽の色は緑色です。
つまり、『エメラルド・タブレット』とは、
“真なる太陽信仰復活のための書”だと云えるでしょう。
“怖がらないで 恐れないで
苦痛を観じないで 恐怖などない
私の名前は大胆不敵 このまま恐れずにずっと歩き続けよう
怖いものなんてないんだ”
GALACTIC COWBOYS 『Fear Not』 のPVです。
2008年08月06日
「人は神」であることを思い出す
人は、動物なのではなく、神だといいます。
わたしも神で、あなたも神。
私たちは、このことに気づいてゆくために、
一時的に、この物質的な肉体の乗り物を借りました。
ここでひとつ誤解してほしくないことがあります。
わたしも、あなたも神だけれど、
宇宙の根源の光ともいうべき、創造神とは違います。
宇宙の根源そのものではなく、また、
宇宙の根源そのものにもなれません。
私たちは、神の分身です。
宇宙の根源から分けられた神の分霊です。
ですから、「人は神の子」という言葉の意味は、
人は宇宙創造神の子、ということになるでしょう。
そこから、遠い遠い未来の先で、
神なる存在へ目指して進化してゆきます。
さらに、遠い遠い未来の先で、
宇宙の根源の光に吸収されてゆきます。
宇宙の根源に帰るのはこのときです。
しかし、それはまだまだ飛躍した話で、
ある種は、天使と人間の融合体、天使人を目指すでしょう。
ここでの最短コースは、アセンデッド・マスターを目指す方々です。
私たちは、高次元の存在たちと共存する立場でありながら、
高次元の存在と融合してゆく、ハイブリッド型も現れるということです。
これら人類の進化の過程における最短コースが、
この数年間の学びに課せられています。
私たちはどうなりたいのか? どうありたいのか?
どうなってゆきたいのか? の究極の答えは、ここにあります。
私たち人類に求められているのは進化の方向です。
それは、この物質界を超えた、
前代未聞の宇宙科学文明の世界への進化です。
もしも、同じような3次元領域の物質世界を続けたいとしたら、
これは高次元のガイドたちが一様に意見するところですが、
かなり原初、原始の世界に戻されての、一からの再スタートとなるようです。
それは、あまりにも辛いことではないでしょうか。
そのためにも、私たちはともに、
心と魂を浄化してゆきましょう
ということが云われています。
“光は影の影は光の 果てまで付いて行くのだろう”
“朝もやにこだまする鐘 遠くない そう遠くない”
BONNIE PINK さんが唄う 『鐘を鳴らして』 のPVです。
2008年08月05日
真実というもの
真実は 欺かない
欺くのは 邪な心のありさま
真実は 質素に佇む
質素であるが故に 気づけない
真実は 単純に存在する
単純であるが故に 疑いに苛まれる
真実は 嘘の情報の中に隠される
嘘の防壁に塗り固められて 目くらましに悩まされる
真実は 秘密の中で口を塞ぐ
受け取る者の準備が整わなければ
重く閉ざされた門は開かれない
真実は 扉の向こうで耳を塞ぐ
受け取る者の準備が整わなければ
出入口のない迷路を堂々巡りするだけ
真実は ただ そこにあるが故に
ただ あっけらかんとしてあるが故に
見逃してしまう
真実は あまりにも尊大すぎて
畏怖を観じる
真実は 荒唐無稽すぎて
受け入れがたい
真実を前にしたとき
ただ 呆然として 立ち尽くす
真実は 衝撃的すぎて
開いた口が塞がらない
あなたの言ったことが真実とは限らない
そして わたしが言ったことも真実とは限らない
ならば 本当の真実とは何なのか
真実は ありとあらゆるすべてのものの中に存在する
しかし 肉体に囚われて封印された瞳には映らない
故に 本当のことは 魂の直観だけが知っている
絶対的な真実は 宇宙の根源の光だけが知っている
しかし わたしたちは 宇宙の根源の光を観たとしても
その根底にある思惑を 知ることが出来ない
わたしたちは 宇宙の中に存在するが故に
宇宙の法則からは 絶対的に逃れられない
このことだけが 絶対的な真実
“私の庭に女神がいる 魂の中に姉妹がいる
武装の中に天使がいる 私を演じる女優がいる”
“悪魔好きの娘 顔を隠した女帝
異教徒の母である女司祭 内なる宇宙の古き女王”
“精神の中の魂 役の中の代役
イメージの中の変化 コントロールのための奮闘”
“暗い無意識の中の女王 月の海にいる人魚
偉大なる魔女の娘 私の中の少年の中の姉妹”
カナダ出身のバンド、RUSH 『ANIMATE』 のPVです。
2008年08月04日
自分自身の中に中心軸を見出す
情報過多の昨今において、
その情報の質も錯綜を極めています。
このような時期に、外界にばかり情報を求めすぎますと、
かえって、迷宮に陥る危険性があります。
特に、ネガティヴ思考が強かったり、
ネガティヴなマインド・コントロール下から
完全に抜け切れていない状態ですと、
同様にネガティヴな情報ばかりに目がいってしまい、
ますます、ネガティヴに落ち込むということが云えます。
その逆に、ポジティヴ思考が強く、
楽観的であればあるほど、明るく光が差し込めるような
情報ばかりを捉えることになります。
ましてや、あらゆる情報の中で、
真実は1%、残りの99%は偽情報である
ということであれば、尚のこと、情報に翻弄されてしまいます。
情報に翻弄されてしまったり、
情報にいちいち一喜一憂をしたり、
必要以上に同情してしまったりなど、
情報に右往左往されてしまうのは、
根無し草のようなものです。
また、2012年問題についても同様のことが云えます。
アセンションは何時起こるのか、
どうなるのか、どうなってしまうのかではなく、
基本的に、「アセンションはすでに始まっています」。
このことを受け入れるか、受け入れないかでは、
ますます情報に混乱、困惑させられてしまうばかりです。
それは、北京オリンピックが開催される前から、
4年後のロンドン・オリンピックを通り越して、
さらに4年後のオリンピックの開催地は何処だろうかと、
気を取られるようなものではないでしょうか。
このような状態は、真実を見極められずに、
情報に騙されるばかりでしょう。
「いま・この瞬間」という足元を踏み外してしまうと、
明日という未来は崩れ去ります。
そうならないためにも、
自分自身の中に、中心軸を見つけることです。
それは、一本の大きな柱、一本の背骨の通ったもの、
家族で云えば大黒柱のようなものです。
家を建てるのにも、屋台骨の支柱が無ければ
わずかな衝撃で、もろくも崩壊してしまいます。
その中心軸とは、人生哲学や座右の銘とでもいうでしょうか、
自分自身の中で、「私はこれだ」、「私にとっては、これが生き様だ」
とでもいうような、確固たる揺るぎない精神を築く
ということでしょう。
この中心軸が自分自身の中にあれば、
どんなニュース、情報を目にしても耳にしても、
「いや、私にはこういう人生哲学がある」、
「こういう人生の使命・目的・役割がある」、
ということで、揺るがなくなるはずです。
これは、他人の聞く耳を持たないということではありません。
他人の意見は参考意見であり、
最終判断は、自分自身であるからです。
拠りどころというものは、
外界や他人に依存する形で求めがちですが、
自分自身の中に、確固とした拠りどころを見つけるのです。
この中心軸はやがて、大きな一本の光の柱となり、
内なる神へ繋ぐパイプとなります。
“私は この夢から目覚めたい
鋭いかなぎり声の立たない世界で 悲劇のない世界で”
“それが終わったとき 私は戻らないでしょう もうあそこへは”
FILTER 『Soldiers Of Misfortune』 のPVです。



