2008年08月01日
アセンションが進む過程で神秘体験をする
自分自身が高次元領域の世界に入ってゆくための
アセンションを果たしてゆく過程において、
自分自身が実際に、その方向に
進んでいるかどうかの目安として、
神秘体験があります。
神秘体験とは、普段の日常生活からは掛け離れたこと、
非日常的とも想われるような不思議な体験、
と云ったらよろしいでしょうか。
高次元領域の世界に入るということは、
文字通り、高次元の存在、
マスターたちと共存することになります。
その前提として、スピリチュアル・ガイドたちとの
具体的な交流が始まります。
彼らがなぜ、具体的に干渉してくるかと云えば、
私たちと一緒に共存する準備を始めましょう、
そのためには、あなたの周波数を私たちに合わせ、
高めてゆかなければなりませんよ、と言われます。
スピリチュアル・ガイドたちとの交流が深まってゆくにつれ、
本当に、日常生活では思考出来ないような、
ありえないような出来事が突然としてやって来ます。
例えば、今朝は月初めの1日ですので、
いつものように、産土神に参拝に行くのですが、
鳥居から、本殿までの参道に、行き先を示す案内矢印のように、
カラスの羽根がずっと一列に落ちていました。
ただ、羽根が落ちているだけならいくらでもあることですが、
それが一列にずっと繋がって落ちているというのは、
あまりにも意図的です。
これは、私だけがわかる私にとってのサインですが、
このような出来事も、私だけに起きることではなく、
誰でもがすでに体験しているか、もしくは、
体験してゆくことになるでしょう。
しかし、神秘体験とは、もっと深淵です。
スピリチュアル・ガイドが視覚化して現れたり、
彼らの仕事を手伝うために、導かれるように、
特定の場所に連れていかれます。
つまり、ここでいう神秘体験とは、
スピリチュアル・ガイドたちとの実際的な
同じ世界においての共同体、もしくは、
コミュニティとしての共存の準備段階を知らせるサインです。
そのために、スピリチュアル・ガイドやマスターたちから、
直接に、教育を受けることになります。
ただ、闇雲に神秘体験を期待するのではなく、
なるべく、心と魂と意識とを
クリアな状態に保つ心掛けが大切で、
そのためにも浄化を進めてゆく必要があります。
“私は光の川を観ることが出来ます
私を覆う皮膚から自由になり 幻想的な世界のほうへ”
オランダ出身のバンド、
STREAM OF PASSION 『OUT IN THE REAL WORLD』 のPVです。
2008年07月31日
邪気を祓う観葉植物 「ポトス」
身近な観葉植物として、
「ポトス」という植物があります。
「ポトス」は邪気を祓ってくれる植物です。
「ポトス」は、水遣りなど手入れが難しくなく、
日陰に置いてもよく育ち、
滅多なことでは枯れることがありません。
これを、仕事場のオフィスや家の中、部屋の、
特にエネルギーの低い場所に置くといいです。
磁場が悪いといいますか、波動的に低い場所では、
花が枯れやすいです。
そのような場所に、「ポトス」を置くと良いです。
また、パソコンは、良いも悪いも、
霊的なエネルギーを呼びやすいです。
霊的な存在は、電気のエネルギーを
利用することが多いです。
パソコンのモニターの近くにも、
「ポトス」を置きますと、完全にではありませんが、
邪気のエネルギーを軽減するでしょう。
この滅多に枯れない「ポトス」を、
私は一度、枯らしてしまったことがあります。
ある会社の仕事で、麻布に事務所を構えたときに、
その事務所に、PC設置やLANの設定などで
通ったことがありました。
その事務所があった場所は、磁場がとても重く、
何というか、頭の中がウニになったような観じで、
思考が働きにくかったのです。
それで、パソコン机のモニターの横に、
「ポトス」を置きましたが、えらい勢いで枯れていくのです。
土に栄養剤を与えてもどうにもなりませんでした。
その職場は次第に低迷してゆき、
やがては、事務機能の転居を余儀なくされました。
滅多に枯れない「ポトス」でさえも
急激に枯れてしまうような場所は、
極力、避けたほうが無難でしょう。
高杉さと美さんが唄う 『ありがとう』 のPVです。(※動画なし)
2008年07月30日
心と魂の浄化の過程で導かれてゆく
アセンションを選択された方々にとりましては、
これらのネガティヴな思考や感情は、
打ち消しの訓練を積み、少しずつでも、
無くしていく必要があります。
自分自身の置かれている状態が、
どの程度、浄化されているのか、
また、何処まで浄化すればいいのか、
という疑問はあるかもしれません。
前回ぐらいまでの心と魂の浄化が進んでいたら、
意識の水準はかなり上昇しているはずで、
自分自身の中で、もうひとりの自分自身の声、
「内なる声」が聴こえてくるようになります。
それは言い換えますと、
ハイアー・セルフ、高次の自分自身、
魂からの声などとも云われるでしょう。
それは、頭や心の中心部から、
近くで聴こえるように、それでいて
遠くに聞こえるように観じます。
いつ、何処で知ったのかわからないけど、
いつの間にか知っている、そんな観じもあるでしょう。
もうひとつは、スピリチュアル・ガイドとの繋がりです。
ここまでの浄化が行なわれてきますと、
あなたからは目に見えない光が発信されてきますので、
それを見つけた天使や、その他のスピリチュアル・ガイドたちが、
文字通り、干渉してきて、サインを送ってきます。
「内なる声」が聴こえるようになったあなたは、
以前に比べて勘も鋭くなってきていて、
いわゆる第六感が冴えてきます。
なんとなく…、もしや…、といった観じで、
スピリチュアル・ガイドたちのサインに気づき出すでしょう。
そこまでいきますと、今度は、
スピリチュアル・ガイドたちに、
具体的な形で導かれてゆきますので、
更なる浄化が必要であれば、
どのようにしたらよいのかも個人的にご教示頂けますし、
自分自身がどのような状態にあるのかも、
夢の中なども使ってご教示頂けるでしょう。
もちろん、スピリチュアル・ガイドたちは、
一切、あなたに対して強制はせず、
アドヴァイスをするに留めますので、
実際の行動・実行は、あなた自身に委ねられています。
“手を取り合って このまま行こう 愛するひとよ
静かな余韻に 光を灯し 愛しき教えを抱き”
QUEEN 『Teo Torriatte (Let Us Cling Together)』 のPVです。(※動画なし)
2008年07月29日
心と魂の浄化について その5 「傲慢のループを抜ける」
「傲慢」も、大変に根深いものがあります。
それは、ある意味において、
気分の良いものだからでしょう。
常に、相手がお世辞やおべっかを言ってくれたり、
褒め称えてくれたり、感情的に、
精神的に持ち上げてくれたりで、
自分自身が常に上位にあるという
欲を満たしてくれます。
王さま、女王さま、お局さまとして、
崇めてもらえるのは心地が良いものでしょう。
これらは、中世ヨーロッパ時代、
日本の戦国時代なら通用したことですが、
これからの新しい世界では如何なものでしょうか。
「傲慢」は、自己中心的な思考や態度、
わがままな振る舞いを増長させてゆくばかりで、
しかも、本人の感情的、精神的な気持ち良さがあるが故に、
非常に抜け出すのが難しいものでしょう。
他の感情に比べて、最も聞く耳を持つことが
困難な状態にあると云えます。
意識の上昇を促されるとしましたら、
頭を抑えつけられるように、
反省させられる出来事が起こるでしょう。
どのような地位や名声を得ても、
もしくは、年齢を積み重ねていったとしても、
常に謙虚な姿勢を持ち続けている方を
観させて頂けることは、それこそが、
相手にとって素晴らしい励みとなり、
目標と成り得ます。
「傲慢」は、優越感に浸れるという気持ち良さ故に、
ネガティヴな循環から抜け出しにくいものです。
ここでも、日々つねに、
謙虚で、うやうやしい気持ちを重視する
ことが大切だと云えるでしょうか。
“自分自身を救え”
オランダ出身のバンド、VALENTINE 『Save Myself』 のPVです。
2008年07月28日
心と魂の浄化について その4 「嫉妬のループを抜ける」
前回の「許し」と同様に難しいものに、
「嫉妬」、「傲慢」があります。
「嫉妬」は、人との関わり合いの中で、
常に相手と自分とを比較してしまう
ところから発してしまいます。
自分も相手も尊重しつつ、
それぞれの個性を認め合うことが
大切なのではないでしょうか。
それぞれがユニークな存在なのであり、
自分と他人とは決して同じではないのです。
ここで同じではないと申しますのは、
例え性別が同じであったとしても、
生まれた環境も違えば、育った環境や過程も違います。
共時性や波長の関係で
出会ったわけではないのでしたら、
学ぶ課題も違います。
共時性や波長の関係で出会った相手で
同じ学びの課題があったとしても、
相手のユニークな個性を尊重し認めてあげる
ということは大切なのではないでしょうか。
あの人はあんな風だとか、こんな風だとか、
いちいち、相手と自分を比較しているようでは、
そのネガティヴなループ、循環からは、
永遠に抜け出せないでしょう。
あの人のようになりたい
あの人のように脚光や名声を浴びたい
あの人のように恵まれたい
あの人のように素敵に輝きたい…
これらのような、相手に対する羨望の眼差しの裏返しが
「嫉妬」の気持ちに向かいます。
これまでの世界でしたら、
その相手をライバルとしたり、
敵役に仕立て上げることで、
自分自身に発破を掛けて努力し
その相手のような存在位置に近づく
という思考に向かうことがありました。
しかし、どんなに頑張ってみても、
その相手とまったく同じにはなれません。
それぞれがユニークな個性であるからです。
同じような状態にもっていくことは可能だとしても、
本当のライバルや敵とは自分自身である
というところに立ち会っていかないと、
本当の自分自身を輝かせるには、
遠回りをし続けることになるでしょう。
そして、その本当の自分自身を輝かせる過程・結果で、
自分自身にとって相応しい恵みが
惹きつけられてくるのでしょう。
“私を解放します 私がこっそり逃げ去る前に
私を癒します 今日から私を覚醒させます”
Full Blown Rose 『Somebody Help Me』 のPVです。
2008年07月26日
心と魂の浄化について その3 「相手も自分も許す」
第3段階として、非常に難しいのが、
「許し」の実践でしょう。
誰か他人を恨んだり、憎んだりは、
とても容易いことですが、
「許す」という行為はとても難しかったりします。
まず、自分自身を「許す」ということが
出来ない場合が非常に多いのです。
もうすでに許したつもりでいても、
何かの拍子にフッと想いだし、
沸々と怒りや憎しみが込み上げる、
痛みを思い出すということもあるでしょう。
例え、そのようなことがあったとしても、
すぐにその想念や言動を振り払うかのように、
「今の想いや言動は間違ったことです、
大変に申し訳ございませんでした、ごめんなさい」
と謝り、ポジティヴな方向に訂正をすることで、
ネガティヴな発想を打ち消すことが出来るでしょう。
これは、悪い習慣やクセになっているか、
ネガティヴなマインド・コントロール下にありますので、
相当に、しぶといものであると想われます。
根気良く、ネガティヴな想念・言動の
打ち消しの訓練をする必要があるでしょう。
“泣いて 笑って 悩んで 起きて 感じる全てが自分になってく
人間ってそんなものね 許し逢えるって素晴らしい”
KOKIA さんが唄う 『人間ってそんなものね』 のPVです。
2008年07月25日
心と魂の浄化について その2 「あらゆるものに感謝」
心の底から猛省をして、
どのような他人に対しても
うやうやしい気持ちを獲得できるようになることが、
心と魂の浄化だと云えるでしょう。
このことが出来るようになりますと、
自我(エゴ)といったものが軽くなってきます。
それは、内なる光を見出す第1歩です。
これが出来なければ意識の上昇は望めないでしょう。
感謝の想いも、自分が気分の良いときや、
都合の良いとき、好きな人や物に対してだけの感謝は
当然のものでありまして、嫌いな人やものに対して、
敵と呼べるような人、憎らしいと想える人、
むかつく人、腹が立つ人などに対しても、
心から感謝の想いを捧げるようになるのは、
第2段階でしょうか。
このようなことは、普通に思考したら出来ないことですが、
敵役、ヒール役となってくれた人にも、
重要な役割がありました。
その敵役の人がいなければ、
本当に良いこと、素晴らしいことの意味がわかりません。
いわゆる反面教師ですが、気づかせて頂きまして、
どうもありがとうございます、となります。
「他人は自分の鏡」だということで、
もし仮に、自分自身の中に心当たりがなかったとします。
その場合は、スピリチュアル・テストで、
自分自身がその場面に立ち会ったとき、
どのような対処するかをテストされています。
それが、とても模範的な対応であれば、
このスピリチュアル・テストは合格となり、
もうそれ以上は、同様な嫌な想いをすることはないでしょう。
“Photosynthesis 閉じたままのつぼみに
座っている 心を解き放て”
※Photosynthesis = 光合成
CORE OF SOUL 『Photosynthesis』 のPVです。
2008年07月24日
心と魂の浄化について その1 「徹底的な反省」
心と魂の浄化ということについては、
まだ具体的に書いていなかったと想いますので、
手遅れになる前に、また、私自身においても
常に初心に帰る想いを込めて
書かせて頂きたいと想います。
例えば、風邪を引いて治った後では、
浄化されたように想われるかもしれませんが、
これは肉体的な身体のメンテナンスというか、
身体に溜まった毒素を綺麗にしたぐらいのことで、
心と魂の浄化とは云えないでしょう。
心と魂の浄化とは、
そのプロセスの初期段階として、
「反省」が挙げられます。
「反省」というよりも、「猛省」といったほうが
よろしいかもしれません。
ここで云えることは、
“人に優しく、自分に厳しく”ですが、
とにかく、自分自身について、
徹底的な反省を促されます。
何て自分は情けないのだろう、
何て自分は自分勝手なんだろう、
何て自分は傲慢なんだろう、
何て自分はいい加減なんだろう、
何て自分は怠惰なんだろう、
何て自分は他人に対して冷たいのだろう、
何て自分は優しさや思いやりに欠けるのだろう…
このように果てしなく、
自分自身の至らなさを反省していきます。
これは、自分自身を卑下したり、
必要以上に自己嫌悪に陥ったり、
自分自身を責めさいなむ、ということとは違います。
それはもう、すぐには立ち上がれないほど、
太陽もまともに見上げられないほど、
申し訳なくて、申し訳なくて、申し訳ございませんと、
何度も何度も謝り倒すほどの状態にまで
自分自身を猛省してゆきます。
そこまで猛省してゆきますと、
自分以外のどんな相手に対しても、
あの人にはあの人の役割があるんだ、
良いも悪いも自分自身の鏡なんだ、
自分以外の他人は皆、教師であり先生なんだ、
と謙虚に素直な気持ちで、人を観れるようになります。
他人を観る視点として、
ここまでのうやうやしい気持ちにならなければ、
本当に反省したとは云えないでしょう。
“それでもここから歩こう 足跡は残るさ”
“昨日より少し笑おう どんな風が吹いても”
玉置浩二さんが唄う 『Lion』 のPVです。
2008年07月23日
偽の天使に騙されないように
天使と繋がるための注意点として、以前に、
数字のサインを検証することについての
記事を書いたことがありました。
ここでは、視覚化現象や、物質化現象、
物理的現象について書きます。
悪霊や低級霊が面白がって、
天使のフリをして、目の前に現れてくるときは、
とても、派手な演出をしてきます。
いかにも、“私は光の存在です”と
見せびらかすかのように、
ものすごい眩しい光を放ってくるでしょう。
しかし、その視覚化現象に騙されてはいけません。
その一見、眩しい光には、暖かみが観じられないのです。
この世界の多くの方々は、
目に映る現象に頼るところがあります。
つまり、実際に、現実に目にしなければ信用できない、
そこをついてきますので、ならば、
目にものをみせてやろう、とくるわけです。
ハッタリをかましてくるので、
よくよく注意が必要です。
数字のサインの検証と同様に、
確認すべきことがあります。
それは、自分自身の心です。
自分自身の心の中に、邪な部分や、
興味本位、遊び半分なところがないかどうか、です。
そういった意味では、悪霊や低級霊は、
反面教師と云えるかもしれません。
物質化現象や物理的現象は、
悪霊や低級霊たちは、とにかく、
見てみろよ、私はこんなにすごいだろ、といった観じで、
即、物質化をやってのけます。
例えば、稲荷信仰のほとんど多くは、
低級霊によるものです。
天上界の使いである霊性の高い狐さんは、
ごくわずかな数です。
それ以外は、ほとんど低級霊の部類で、
確かに必死になって動きますので、
すぐにお金が入ったりとか、目に見える形で、
物質化現象をもたらすでしょう。
しかし、それは借金の“前借”、もしくは、
給料の“前倒し”みたいなもので、
闇金よりも手痛い利息を要求されます。
それらの要求に満たなかった場合は、
引き換えに、命を取られるので気をつけてください。
神社で、やたら滅多にお願い事をしてはいけない
というのはこのことを注意しています。
少々、物騒なお話かもしれませんが、
つまりは、私たちの中の純粋な想いが、
高次元の天使たちと繋がるのです。
まずは、私たちの心の内を、よく反省することが必須です。
“花咲く歩道 澄み切った青空が語りかける
私の体中を駆け巡る 甘い恋のように”
“忘れないで 木の葉が地面に辿り着くように
疑いもなく生きていたことを”
ドイツ出身の女性ヴォーカリスト、
Sandy Reed さんが唄う 『Sweet Love』 のPVです。(※動画なし)
2008年07月22日
「4羽のカラス」のシグナル
先週の15日の早朝に、
今現在、私を住まわせて頂いている土地の
産土神がいらっしゃる神社に、
いつものように、参拝に出掛けました。
そこは、御祭神が天照皇大神さんに繋がるところです。
このとき、参拝後の入り口の大きな鳥居の下に、
“4羽のカラス”が降りてきました。
それは、まるで鳩がそこにいるかのように、
全く警戒心がないかのように、カラスが4羽
参道の砂利道に飛び降りてきたのです。
そのまま歩いて近づいていっても、
カラスは泰然としてそこに居ました。
鳥居をくぐろうとするときも、ほんの少し、
私のために道を空けるように動いただけで、
まったく逃げる気配がないのです。
私のこれまでの体験からも、
カラスは警戒心が強いというか、
決して、人に近寄ることは稀であると想われます。
高尾山に登るときも、カラスたちは、
遠巻きに先達することはあっても、
間近に降りてくることはありませんでした。
しかし、このときの4羽のカラスたちの距離といえば、
20〜30cmぐらいの近さでした。
彼らの中を通り過ぎた後で、
私に何かを語りかけるかのように、
その中の1羽が鳴きました。
つまり、この“4羽のカラス”は、
太陽神の使いで来ました。
私自身においては、さらにもっと
宇宙の根源に近いところの銀河から来たという
メッセージを含んでおりまして、
それをここに書くことは出来ませんが、
この“4羽のカラス”をほぼ同時刻に目撃した知人が、
私の他に、2名もいらっしゃいました。
もし、“4羽のカラス”を、抽象的な意味ではなく、
この期間に、現実的に見掛けた
という方がいらっしゃいましたら、
見掛けた時刻とともに
メールにてご一報くださいますよう
宜しくお願い申し上げます。



